バレエ界の巨匠 ジョン・ノイマイヤーの軌跡|ノイマイヤー作品の最新上演情報も
3. 2023年3月ノイマイヤー最後の来日公演。日本の観客から喝采を浴びる
2023年3月2日〜12日、東京文化会館にて、5年ぶり9度目のハンブルク・バレエ団来日公演が行われました。
2024年の夏に退任予定である彼がハンブルク・バレエ団芸術監督として来日する最後の公演となり、『ジョン・ノイマイヤーの世界』と『シルヴィア』の2作品を上演。
2作品とも連日拍手喝采、スタンディングオベーションの嵐。SNSでは「ノイマイヤーの最後の来日公演を観られて良かった」「この舞台を一生忘れない」という声が聞かれました。
『ジョン・ノイマイヤーの世界』Edition 2023
『ジョン・ノイマイヤーの世界』は、2016年、2018年の来日公演でも上演され、喝采を浴びた作品です。
今回は”『ジョン・ノイマイヤーの世界』Edition2023 “とし、コロナ禍で制作された『ゴースト・ライト』などの新作や『シルヴィア』より抜粋を追加して上演されました。
『ジョン・ノイマイヤーの世界』は、ノイマイヤーの作品を一挙に観られると同時に、彼のバレエ人生を振り返る集大成的作品でもあります。芸術監督として最後の来日公演にぴったりの演目でした。
ジョン・ノイマイヤー&ハンブルク・バレエ
2023来日公演開幕記者会見
バレエチャンネル
作品紹介
『ジョン・ノイマイヤーの世界』ではジョン・ノイマイヤー自身がステージに立ち、これまでの人生を振り返る語りと共に、彼が振付をした作品・新作が次々と上演されます。
Edition 2023は、全12作品(『作品100──モーリスのために』以外は抜粋)から構成されました。
Part1
『キャンディード序曲』
1998年発表の『バーンスタイン・ダンス』より抜粋。『バーンスタイン・ダンス』は、ノイマイヤーがレナード・バーンスタインの音楽を集めて創作した作品です。『キャンディード序曲』は、『バーンスタイン・ダンス』の幕開きで登場する作品で、アップテンポの曲調が観客の心を高揚させます。
『ジョン・ノイマイヤーの世界』では、幼少期のノイマイヤーが、バーンスタインの音楽を居間で流して踊っていたというエピソードとして表現されています。
『アイ・ガット・リズム』
1986年発表の『シャル・ウィ・ダンス?』より抜粋。『シャル・ウィ・ダンス?』は、ミュージカルの名曲を集めて創作された作品です。フィナーレで登場する『アイ・ガット・リズム』は燕尾服とシルクハットで粋に着飾った男女が軽快に踊る作品。
2021年の「世界バレエフェスティバル」で、ハンブルク・バレエ団プリンシパルの菅井円加とアレクサンドル・トルーシュが踊り、ノイマイヤーの世界を見せてくれたことも記憶に新しいです。
『くるみ割り人形』
1971年発表の『くるみ割り人形』より抜粋。ノイマイヤー版の『くるみ割り人形』は、バレエに憧れる少女マリーが主人公。
『ノイマイヤーの世界』では、バレエに憧れた少年ノイマイヤーをマリーに重ね、女性ダンサーと男性教師のレッスン風景が上演されます。
『シルヴィア』
1987年に原典版が発表され、1997年パリ・オペラ座にて改訂初演された『シルヴィア』より抜粋。女神ディアナのニンフとして生きるシルヴィアと羊飼いの青年アミンタの物語です。
『ジョン・ノイマイヤーの世界』では、『シルヴィア』第1部より、ディアナやシルヴィアらの登場からシルヴィアとアミンタの最初の出会いまでが上演されます。
『ヴェニスに死す』
2003年発表の『ヴェニスに死す』より抜粋。原作は、トーマス・マンの同名小説。ノイマイヤーの『ヴェニスに死す』では、振付家のアッシェンバッハが苦悩のうえ逃避したヴェニスで美しい少年タジオに出会い、死を迎えるまでの様子が描かれています。
『ジョン・ノイマイヤー』の世界では、アッシェンバッハがタジオと女性にパ・ド・ドゥを振り付ける場面が抜粋上演されました。
『アンナ・カレーニナ』
2017年発表の『アンナ・カレーニナ』より抜粋。原作は、レフ・トルストイの同名小説です。
ノイマイヤーは、舞台を現代に設定し、政治家の妻アンナとラクロスの花形選手ヴロンスキーとの不倫から、政治家の夫・ヴロンスキー、愛する息子の間で心を引き裂かれるアンナの様子を緻密に描いています。
『クリスマス・オラトリオ Ⅰ-Ⅵ』
2007年〜2013年にかけて発表された『クリスマス・オラトリオ Ⅰ-Ⅵ』より抜粋。キリストの生誕を祝う、宗教的モチーフの作品です。バッハ作曲の『クリスマス・オラトリオ』に乗せて、明るく荘厳に踊られます。
Part2
『ニジンスキー』
2000年発表の『ニジンスキー』より抜粋。ニジンスキーの大ファンで大量の資料を集積していることでも有名なノイマイヤーが振り付けた、ニジンスキーの生涯を巡る作品です。
『ジョン・ノイマイヤーの世界』では、ニジンスキーが精神を病んでいく様子を表した第2部から抜粋上演されます。
『ゴースト・ライト』
2020年発表の『ゴースト・ライト』より抜粋。コロナ禍で制作された作品です。「ゴースト・ライト」とは、公演が終わり無人となった深夜の舞台に置かれるライトのこと。コロナ禍で舞台が中止となり、再開を待ち望んでいた世界各地の劇場と重なります。
感染症対策に万全を期し、少人数でのリハーサルを繰り返し、完成した作品です。2023年の来日公演が、日本初披露となりました。
『椿姫』
1978年発表の『椿姫』より抜粋。『ジョン・ノイマイヤーの世界』では第2幕のパ・ド・ドゥが抜粋上演されます。
2023年の来日公演では、ゲスト・ソリストのアリーナ・コジョカルとプリンシパル アレクサンドル・トルーシュが熱演しました。
『作品100──モーリスのために』
1996年発表の『作品100──モーリスのために』は、稀代の天才振付家 モーリス・ベジャールのためにノイマイヤーが振り付けた作品です。
ベジャールの生誕70周年を祝うガラで初披露された作品で、『ジョン・ノイマイヤーの世界』では全編が上演されました。
『マーラー交響曲第3番』
1975年発表の『マーラー交響曲第3番』より抜粋。『ジョン・ノイマイヤーの世界』の最後を締めくくるのは、ノイマイヤーが手がけるシンフォニック・バレエの代表作『マーラー交響曲第3番』です。
全6部ある『マーラー交響曲第3番』の第6章「愛が私に語るもの」が抜粋上演されます。主役は、赤い総タイツ姿の女性と、白タイツを身にまとった男性。2023年の来日公演では、菅井円加とソリストのカレン・アザチャンが演じました。
ラストシーン、ノイマイヤーが舞台中央から手を差し出す先には菅井の姿が。舞台をゆっくりと横切り、終幕となります。
ダンサーについて
青年ノイマイヤーを演じたのは、プリンシパル クリストファー・エヴァンズです。
そのほか、アンナ・ラウデール、スー・リン、イダ・プレトリウス、菅井円加、アレイズ・マルティネスなどプリンシパルダンサーが主要な役を熱演。
ゲスト・ソリストのアリーナ・コジョカルは『くるみ割り人形』で少女マリー、『椿姫』で高級娼婦マルグリットと全く違う役柄を演じ分けました。
過去の来日公演でも熱演を見せたシルヴィア・アッツォーニやアレクサンドル・リアブコなどのスペシャル・アーティストも出演し、ハンブルク・バレエ団の層の厚さを感じる公演となりました。
『シルヴィア』
『シルヴィア』は、ギリシャ神話をもとにした作品ですが、ノイマイヤー版の『シルヴィア』は、よく知られるアシュトン版『シルヴィア』とは結末が異なります。
別の記事で紹介をしていますので、あわせてご覧ください。
ハンブルク・バレエ団プリンシパル、菅井円加
『シルヴィア』全4回公演のうち、3回シルヴィアを務めた、ハンブルク・バレエ団のプリンシパル 菅井円加はまさにハマり役。
ノイマイヤー版『シルヴィア』は、パリ・オペラ座で初演された作品ですが、ノイマイヤーをして「円加のために作ったのではないかと思う」と言わしめるほどです。
菅井は、高い身体能力と内からにじみ出る表現で、年月とともに変化していくシルヴィアの心情を繊細に表現しました。
菅井は、神奈川県出身。2012年のローザンヌ国際バレエコンクールで金賞を受賞したのち、ハンブルク・バレエ団のユースカンパニーに所属しました。
2年後には、ハンブルク・バレエ団に入団、2017年にソリスト、2019年にプリンシパルへと昇格し、ノイマイヤー作品で数々の主要な役を踊っています。
世界バレエフェスティバルに出演するなど、ワールドクラスのダンサーとして世界中から高い人気を得ています。
4. ハンブルク・バレエ団芸術監督としてのノイマイヤーの功績
ここで、ジョン・ノイマイヤーがハンブルク・バレエ団の芸術監督として残した功績を紹介します。
まず忘れてはならないのが「ハンブルク・バレエ週間」の創設です。
1973年に芸術監督兼首席振付家に就任した後、ノイマイヤーは毎シーズンの最後に行う「ハンブルク・バレエ週間」を作りました。
「ハンブルク・バレエ週間」では、2週間の期間中、ノイマイヤーの新作や代表作、ハンブルク・バレエ学校の公演、有名バレエ団の招待公演などが行われます。最終日は「ニジンスキー・ガラ」と呼ばれるガラ公演を行い、シーズンを華やかに締めくくるのです。
また、1978年にはハンブルク・バレエ学校を、1989年にはバレエ団とバレエ学校の拠点となる「バレエ・センター」(バレットツェントゥルム・ハンブルク)を設立します。
現在では、ハンブルク・バレエ団の約7割がハンブルク・バレエ学校の出身だそう。
2011年に設立した「ナショナル・ユース・バレエ」は、ハンブルク・バレエ団のジュニア・カンパニーです。
18〜23歳までの若手ダンサー8名で構成される同カンパニーは、バレエ・センターを拠点に、学校や美術館、刑務所、老人ホームなど地域での出張公演を行っています。
今やワールドクラスのバレエダンサーとなった、ハンブルク・バレエ団プリンシパルの菅井円加もこのジュニア・カンパニーの出身です。
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