三田誠広『いちご同盟』×ラヴェル『亡き王女のためのパヴァーヌ』~小説を彩るクラシック#31

モーリス・ラヴェル『亡き王女のためのパヴァーヌ』
直美の15歳の誕生日に、良一は病院の娯楽室でピアノを弾くことになりました。
演目はシューマンの『子供の情景』の中の数曲と、プロコフィエフの『三つのオレンジへの恋』と、ファリャの『火祭りの踊り』、ラストはエリック・サティの『ジムノペディ第一番』でした。
良一は心をこめて弾きました。聴いている人たちの反応も良く、直美も喜んでいるようでした。
「アンコール!」
と直美が言います。
良一は、これだけしか楽譜を持ってきていないんだ、と答えますが、「ラヴェルなら暗譜で弾けるでしょ?」と、直美はいたずらっぽく笑いながら言いました。
「あたしは『王女』じゃないから、気にしないで」
直美は曲名を知っていたんだ……。良一は決心してラヴェルを弾き始めます。
アセ・ドゥー・メ・デュヌ・ソノリテ・ラルジュ(かなり甘く、しかしゆったりとした響きで)と指示された冒頭。
ゆるやかな旋律が、室内に広がっていく。翳りをはらんだ和音が、共鳴板をふるわせている。交錯する音の渦の中で、ぼくの胸がふるえている。一人きりの時でさえ、この曲を弾いていると、涙がこぼれそうになる。いまは、そばに直美がいる。ぼくは息をつめるようにして、指の動きに神経を集中させた。そうしないと、感情に負けて、音がとぎれてしまいそうだった。
このシーンで良一は、現実の、目の前の「死」を意識しないため楽譜に集中しているように感じます。
この曲にはトレ・ロワンタン(非常にはるかな)、トレ・グラーヴ(非常に重く)という指示があり、うねりながら展開し、やがて静けさを迎えます。
非常にはるかな【未来】と、その【未来】が与えられない重い現実がこの曲を通して描かれているような気がします。

いちご(一五)同盟
誕生日後、直美の病状は急激に悪化していきます。
良一と徹也は、直美の死を覚悟していきます。
徹也は良一に「お前は、自殺したがっていただろう」と言います。そして「死ぬなよ」とつけ加え、ある同盟を提案します。
おれたちは十五歳だから、いちご(一五)同盟だ。
百歳まで生きて直美を覚えていよう。
二人は生き抜く決心をします。
やがて直美は息を引き取ります。
直美はぴくりとも動かなかった。越えることのできない境界が、ぼくたちを隔てていた。手を伸ばしても、触れることさえできない、そんな気がした。
『いちご同盟』は、15歳という多感な時期を過ごす少年少女たちの「生」と「死」をテーマに持った作品です。
良一は空想の「死」を想って憧れすら抱くのですが、愛する少女の現実の「死」に触れて、生きる決心をします。
15歳の少年にとって、「未来」はとても遠く、途方もないことのように感じるのでしょう。いっそ死んでしまえたら……、そんな思いを哲也と直美が変えていきます。
それは「現実」という避けられない悲劇と向き合うことなのですが、良一は一歩踏み出していきます。だからなのか、読後感は不思議と暗くありません。
「かけがえのない」という言葉の意味を噛み締めることができるおすすめの一冊です。
参考文献
三田誠広(1991年)『いちご同盟』集英社文庫
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