シェイクスピアのどたばた喜劇!バレエ『じゃじゃ馬ならし』
バレエ『じゃじゃ馬ならし』
バレエ『じゃじゃ馬ならし』は、シェイクスピアの戯曲をバレエ版にアレンジした作品です。
現在主に踊られているのはクランコの振り付け・スカルラッティの音楽によるものですが、マイヨーの振り付け・ショスタコーヴィチの音楽による新しいバージョンが2013年に制作され、ボリショイ・バレエおよびモンテカルロ・バレエ団で踊られています。
どちらでも音楽は書下ろしではなく、制作時点で既存の曲を使っています。
2022年11月11日(金)~13日(日)に、東京文化会館にてモンテカルロ・バレエ団によるマイヨー版の来日公演が予定されています。
今回紹介するあらすじはクランコ版を元にした、シェイクスピアの原典に比較的忠実な版です。
ちなみに、原語タイトルの「Shrew」はトガリネズミというネズミのこと。英語で”じゃじゃ馬”と同様の、気性の激しい人を指す言い回しです。
じゃじゃ馬ならし|The Taming of the Shrew
クランコ版作品データ
振付:ジョン・クランコ
音楽:ドメニコ・スカルラッティのチェンバロ楽曲 (編曲)クルト=ハインツ・シュトルツェ
台本:ウィリアム・シェイクスピア
初演:1969年3月16日 ヴュルテンベルク州立劇場(ドイツ、シュトゥットガルト)
幕数:全2幕
マイヨー版作品データ
振付:ジャン=クリストフ・マイヨー
音楽:ドミートリイ・ショスタコーヴィチの映画音楽ほか
台本:(原作)ウィリアム・シェイクスピア (編)ジャン・ルオー
初演:2014年7月4日 ボリショイ劇場(ロシア、モスクワ)
幕数:全2幕
登場人物
カタリーナ
商人の娘。気が強い暴れん坊の”じゃじゃ馬”
ビアンカ
カタリーナの妹。大人しい美女……?
バプティスタ
カタリーナとビアンカの父親。裕福な商人
ペトルーチオ
飲んだくれで金に汚い。カタリーナに求婚する。
ルーセンシオ、ホーテンシオ、グレミオ
ビアンカを狙っている三人組
その他召使いや娼婦などが登場する。
舞台
16世紀、イタリア北部の都市パドヴァ
パドヴァ プラト・デラ・ヴァッレ広場
ストーリー
~打算で結ばれた結婚の行方は~
ルーセンシオ、ホーテンシオ、グレミオがバプティスタ家に来て、ビアンカに求婚していますが、この三人を気に入らないビアンカの姉、カタリーナは大暴れして追い回します。
姉妹の父であるバプティスタは三人に「カタリーナが結婚してからでないと、ビアンカは嫁にやらん」と言い渡します。
ビアンカ狙いのルーセンシオ達は、酒場で娼婦に騙されお金がなくなってしまったペトルーチオを見つけると「裕福な美女カタリーナと結婚してほしい」と持ちかけます。嫁入りの持参金に目がくらみ、三人に支援されたこともあって、ペトルーチオは引っ叩かれて拒絶されてもカタリーナに熱烈なアプローチを続けます。ついにカタリーナは根負けし、ペトルーチオとの結婚を承諾するのでした。
ペトルーチオとカタリーナの結婚式は、ペトルーチオが遅刻をしたり、祝宴もそこそこに帰ってしまったりと、結婚の誓いは行いましたが悲惨なものでした。
さらにペトルーチオは家に帰ってからも文句を言うカタリーナに怒って食卓をひっくり返したり、食事もベッドも与えずに床で寝させたりと、酷い扱いをします。
一方、カタリーナが結婚して障壁のなくなったルーセンシオたち三人は、カーニバルの日にビアンカに求婚します。ここでルーセンシオが娼婦にビアンカと同じ格好をさせて残りの二人を騙し、抜け駆けしてビアンカと婚約します。
ペトルーチオにひどく扱われる日々が続いて従順な態度を取りはじめたカタリーナに、ペトルーチオはうって変わって優しく、またユーモアたっぷりに接します。これによってカタリーナはペトルーチオに愛され、自身もペトルーチオを愛していることを感じます。
ビアンカとルーセンシオの結婚式の日、ビアンカが実は結構なわがまま娘であることがわかり、ルーセンシオは後悔します。新婦となる妹に「妻は夫に忠実であるべき」と説くカタリーナ。その姿はルーセンシオの理想の女性像そのものでした。
解説
シェイクスピアの戯曲『じゃじゃ馬ならし』は1594年に執筆されているので、当時の男尊女卑な価値観が含まれる作品としてこれまで多くの議論が交わされてきました。そのため現在では、様々な新解釈や脚色を通じて現代の価値観を持つ観客にも受け入れやすい形にアレンジされていることが多いです。
また注意深く見ると、男尊女卑のなかで強く生きる女性の物語である、という見方も出来ます。もし一見して「なんだかひどい話だな」と思っても、少し待ってみてください。
現代のアーティストの新制作によって、見え方ががらっと変わるかもしれません。
性差別的脚本?それとも……
元の台本をそのまま読むと、二幕の内容は家庭内暴力、いわゆるDVによって妻を(馬のように)調教して従わせる、かつ従順な妻が理想的という話になっています。
シェイクスピアが執筆を行った16~17世紀当時でも酷い話だと思われていたようで、シェイクスピアと同じ劇団にいたジョン・フレッチャーは逆に男がやりこめられる続編を書いています。
1913年にもジョージ・バーナード・ショーがこの物語のアンチテーゼに、男性から”理想の女性”になる修業を受けながら、しかし自らの意思を貫く物語『ピグマリオン』を書いています。
現在は二幕でのカタリーナの変化は、愛情ゆえにカタリーナの暴力性を矯正するための行為であるとか、愛ゆえにカタリーナが相手に合わせて変わっていったと解釈を変えているものが増えています。
マイヨー版では、ペトルーチオもカタリーナも共に性格に問題がある似たもの同士で、衝突して互いに馴染んでいくプロセスであると解釈しているようです。
また一方で、改変や解釈の変更を伴わずとも、一見カタリーナが暴力的に従わされた物語に見えて、実はカタリーナは強かなまま、一枚上手に成長している物語だという見方もあります。
劇序盤のカタリーナは当たり散らして我がままをいう幼稚な態度で、嫌なことは拒絶する一方、周囲からは疎まれたり軽視されています。妹にばかり求婚の申し出があったり、父親が妹ばかりを可愛がっているというセリフがあったりと、ぱっと見従順な妹と比べて他者から好意を向けてもらえていません。
それが後半では従順に振舞って嫌なことも受け入れる代わりに、ペトルーチオの愛情を受け取り、父からも素晴らしいと褒められながら、大人として発言力を得て我を通せるようになったという解釈です。
最後のシーンで妹に説いた言葉の中では「優しく勤勉な主人に逆らうものではない」と、当初のペトルーチオの実態に反した”理想的な男性”の像を語っています。カタリーナは従順な”理想的な女性”を演じることで、ペトルーチオに勤勉な”理想の男性”を強いて、実は”手綱を握っている”という風にも見られるのです。
〈参考:論文 じゃじゃ馬は馴らされたのか―『じゃじゃ馬馴らし』より〉
引用や翻案
シェイクスピア作品『じゃじゃ馬ならし』は知名度が高いため、たびたびこのタイトルが引用されていたり、アレンジした翻案作品が作られています。
タイトル引用の有名なものでは、アニメ『あらいぐまラスカル』の1エピソードのサブタイトル(暴れ馬を乗りこなそうとする回)や、1993年に放映された中井貴一・観月ありさ主演のドラマ(社内闘争をしつつ、勝気な義娘と心を通わせる物語)のタイトルなどがあります。
1999年のアメリカの映画『恋のからさわぎ』は、舞台をアメリカの学校にアレンジした、『空騒ぎ』ではなく『じゃじゃ馬ならし』の翻案作品です。原題は『10 Things I Hate About You』、「あなたの嫌いなところ10か所」という意味なので、日本のスタッフがシェイクスピアの範疇で語感やイメージなどを重視してつけた邦題のようです。
妹ビアンカを狙っている男が、別の男をお金で釣って姉カトリーナにけしかける大筋はそのまま。
しかし暴力的な衝突ではなく、きっかけは打算でも本物の愛情が実る甘いラブストーリーで、後からテレビドラマ版が作られるほどの大ヒットになりました。劇中でカトリーナがけしかけられて絆を育んだ彼に告げる「嫌いなところ10か所」の最後の一つを知った時には、みなさんもきっと甘酸っぱい思いにあふれることでしょう。
公演情報
モンテカルロ・バレエ団
「じゃじゃ馬馴らし」
2022年11月11日(金)〜13日(日)
会場:東京文化会館(上野)
【開演】
11月11日(金)19:00
12日(土)13:00/17:00
13日(日)13:00
詳しくは:NBS
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