ブルガーコフ『犬の心臓』×『ドン・ファンのセレナーデ』、オペラ『アイーダ』小説を彩るクラシック#22
ピョートル・チャイコフスキー
歌曲『ドンファンのセレナーデ』
この小説で何度も登場するのがチャイコフスキーの歌曲『ドンファンのセレナーデ』です。
教授は、ほとんど口癖のように
「セビリアからグラナダまで……」
と口ずさみます。
スペインのドンファン伝説を下敷きに書いたチャイコフスキーの曲を、若返りの研究を行うフィリップ・フィリーパヴィチと組み合わせることで、印象的な効果を与えています(ドンファン物語の結末のように、実験の結果は芳しくなかったわけですが)。
ジュゼッペ・ヴェルディ
オペラ『アイーダ』
コロを手術する場面で教授が歌うのがヴェルディのオペラ『アイーダ』の一節です。
「≪ナイル川の聖なる岸辺へ≫」神様は小さな声で歌い、唇を少し噛みながら、ボリショイ劇場の金ぴかの内装のことを考えた。
犬は寄木細工の床に前足を突っ張ったまま、診察室へ引きずられていった。そこには見たこともない照明がついていたので、犬は驚いた。天井の下の白い電球が、目が痛くなるほど輝いていた。白い光の中に神官が立ち、口をほとんど開かずにナイル川の聖なる岸辺の歌を歌っていた。ぼんやりしたにおいからのみ、それがフィリップ・フィリーパヴィチであることがわかった。刈り込まれた銀髪は、総主教の帽子を思わせる白いキャップの中にすっかり隠れていた。神官は全身白い衣装に身を包んでいた。彼はこの白い衣装の上に、正教の司祭が着用するエピタラヒリのような、細長いゴム製のエプロンをしていた。手には黒い手袋をはめていた。
ここでブルガーコフは、フィリップ・フィリーパヴィチを「神様」「神官」と表し、新しい生命の創造主である教授を『アイーダ』に登場する神官に重ねて、神秘的なイメージを創出しています。
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白装束に黒い手袋を与えることで、聖なるイメージの中に魔術的なおぞましさのようなものを加えている点が見逃せないところです。
人間が人工的に生命を生み出すこと、人間が神のように振舞うことへの警鐘とも読めるかもしれません。
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