ブルガーコフ『犬の心臓』×『ドン・ファンのセレナーデ』、オペラ『アイーダ』小説を彩るクラシック#22
この物語で、若返りの実験は失敗に終わり、結果として怪物を生み出すことになったわけですが、この小説のラストシーンで、教授は再びこのフレーズを口ずさみます。
白髪頭の魔法使いは腰を下ろして、鼻歌を歌っていた。
「≪ナイル川の聖なる岸辺へ……≫」
犬はとんでもないものを見た。偉大な人物はつるつるした手袋をはめた両手をガラス容器の中に沈め、脳を取り出したのだ。不屈の精神をもったその粘り強い人物は、絶えず脳から何かを得ようとし、切り刻み、観察し、目を細め、そして歌ったのである。
「≪ナイル川の聖なる岸辺へ……≫」
同じ『アイーダ』の一節なのですが、金ぴかのボリショイ劇場を思い浮かべながら執刀に向かう傲慢な姿とは一転して、最後の場面ではどこか喪失感を感じる書き方となっています。
ブルガーコフが生きていた時代のソビエト連邦の「夢」は、ユートピア的理念の実現でした。
ブルガーコフはこの小説で、あらゆるテクニックを総動員して、ソビエト連邦の夢を文学的寓話として表現しました。
ただのアイロニーや風刺だけではなく、倫理的な揺さぶりや、哲学的、普遍的なテーマがあり、何より小説の面白さが際立っています。
国や体制が変わってしまっても、この小説が多くの人に読まれていることがその証明になっていると思います。
参考文献
ミハイル・ブルガーコフ(2015年)
『犬の心臓・運命の卵』
増本浩子/ヴァレリー・グレチュコ訳 新潮文庫
小説を彩るクラシック
ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』
ブルガーコフ『運命の卵』
オペラあらすじ「アイーダ」
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