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『展覧会の絵』って絵?音楽?現代に受け継がれる印象派音楽家ムソルグスキーの名曲を聴いてみよう

目次

4.現代ポップカルチャーへの影響~ロック、ヒップホップ、ボカロ、アニメやゲームにまで!?

テレビ朝日系の人気番組『ナニコレ珍百景』では、『キエフの大門』が印象的に使われています。

0:18、3:37、5:37、7:03、8:44あたりからキエフの大門

曲の最高潮に盛り上がる部分を抜き出し、期待感を高めてから、肝心の珍百景候補を紹介する様式のよくできたこと!
本当に妙なものが出てきたならおおっと思わず声が上がり、拍子抜けするようなものが出てきたら過剰な盛り上がりからの梯子外しでギャグとして完成する、巧みな選曲と言わざるを得ません。

『展覧会の絵』はそのままBGMにも、様々なアレンジにも使われ、多くの人に聞かれ、そして多くのアーティストに影響しています。

人気クラシック曲はその多くが一般的に、ラヴェルがそうしたように、オーケストラ、吹奏楽、ピアノの独奏や連弾、アンサンブル用など、クラシックの異なる演奏形態に向けてアレンジが行われます。
しかしこの組曲はクラシックに留まらず、現代の様々なジャンルの創作への影響が大きく、多くのアーティストのインスピレーションを掻き立てる触媒のようになっています。

ここでは『展覧会の絵』のなかでもクラシック音楽の外に飛び出した作品の数々を紹介します。

手塚治虫、アニメ

1966年、漫画の神様にして日本のアニメの父でもある手塚治虫が制作した実験アニメの一つが、この『展覧会の絵』をテーマにしています。

戦後1955年に日本公開されたディズニー『ファンタジア』に挑戦するため、音楽と映像を組み合わせた表現を行いました。ファンタジアには同じくムソルグスキーの『禿山の一夜』が使われていますので、その点も意識しているのかもしれません。

様々な絵の題材がテーマになっていて、同じ組曲の中なのにまるで異なる雰囲気を見せるこの曲を選んだことで、コミカルなものから心に訴えかけるようなものまで、毛色のまるで違う短編アニメをオムニバス形式で繋げています。

全編はDVDが販売されているほか、アマゾンプライムやU-NEXTなどいくつかの動画配信サービスでも視聴できます。

冨田勲、シンセサイザーバージョン

実験アニメの制作にあたって手塚治虫はラヴェルのオーケストラ版音源を使おうと思っていました。しかし、当時ムソルグスキーの著作権は切れていたものの、なんとラヴェルの著作権が残っていて莫大な利用料がかかってしまう状態でした。
そこで、代わりに冨田勲に依頼して、音楽のアレンジをしなおしアニメに用いたのです。

それからしばらく後の1975年、冨田勲は改めてシンセサイザーによるエレクトロ・アレンジ版を制作し、CDアルバムとして発表しています。

冨田勲はその前に、同じく印象派クラシックの大家ドビュッシーの名曲をエレクトロ・アレンジしたアルバム『月の光』を一当てしており、続いたこのCDも大ヒット、ビルボードのクラシックチャート1位を取るほどになりました。

エマーソン・レイク&パーマー、ロックバージョン

1971年、イギリスのロックバンド、エマーソン・レイク&パーマー(ELP)も『展覧会の絵』をロック・アレンジしています。それまでのロックよりも芸術性を重視し、クラシック音楽の要素を取り込んだプログレッシブ・ロックというジャンルの第一人者である彼らは、プログレ四天王の一角を占める伝説的なアーティストと評されています。

このアルバムではただ楽器を変えて演奏したのではなく、ボーカルをつけたりオリジナルの曲を加えて独自性を高めています。
もともとライブだけで演奏されていたこの楽曲は、海賊版が出回ったことで人気になってしまいます。そこで急遽正規版をリリースするというドタバタでの発表だったそうですが、アルバムは大ヒットします。ボーナストラックにはチャイコフスキー『くるみ割り人形』のロックアレンジも収録されています。

アレクサンドル・アレクセイエフ、アニメ

1972年、フランスで活躍したロシア出身のアニメーター、アレクサンドル・アレクセイエフも『展覧会の絵』をテーマにしたアニメーションを作りました。

彼は「ピンスクリーン」という、大量のピンを敷き詰めたスクリーンで、針を突き出させたり引っ込めたりして絵を描く手法でアニメを作成しています。大変手間がかかるため廃れてしまった技法ですが、白黒で精緻な陰影の描写ができる素晴らしい技術でした。

また、同じムソルグスキーの『禿山の一夜』もアニメ化しており、そちらはなんとディズニー『ファンタジア』より前に作られたそうです。

山下和仁、クラシックギターソロ

1980年、日本のクラシックギタリスト山下和仁は、クラシックギターの独奏で『展覧会の絵』全曲を演奏しています。六弦だけでピアノ組曲の複雑な音を再現する技術はほとんどのギタリストには真似できないスゴ技です。
少し専門的な話をすると、ギターは通常、6本の弦を下からEADGBE(ミラレソシミ)にチューニングしてそれを基準に弦を押さえる楽器の特性上、得意な調性と苦手な調性が分かれています。そのため色んな調性の曲が集まった組曲は弾くのがすごく難しいのです。

しかし山下は、ギターのチューニングを基本の音とは違う音に合わせる変則調弦などの特殊奏法を駆使して弾きこなしたといい、そのテクニックは驚嘆の一言に尽きます。

山下和仁 カナダ・トロント国際ギターフェスティバル[3]-ニコニコ動画

メコンデルタ、メタルバージョン

1985年にデビューしたドイツのプログレッシブ・ヘビーメタルバンド、メコンデルタは、デビューアルバムに「バーバヤーガの小屋」のメタル・アレンジ版を収録。先述のELPの影響もあるようで、ELPのオリジナル曲もカバーを行っています。

その後もクラシックアレンジを積極的に取り入れ、1996年に『展覧会の絵』フルカバーアルバムをリリースしています。全編ギター、ベース、ドラムで演奏された重厚なサウンドは迫力満点です。

森山安雄、ゲームブック

1987年には森山安雄によるゲームブック『展覧会の絵』が出版されています。

ゲームブックは本のページを前から順に読むのではなく、文中の「分かれ道を右に行くなら10ページ、左に行くなら15ページを開く」のような指示に従って、読者が主人公になったつもりで行動を選んで読みすすめる、ゲーム方式で冒険を疑似体験できる本です。現在のコンピューターで遊ぶRPGやアドベンチャーゲームの前身の一つです。

このゲームブックの主人公は演奏家で、『展覧会の絵』の10曲にちなんだ幻想世界を、音楽を問題解決の鍵に冒険できるというもの。剣と魔法の世界を勇者が冒険するような話が主流だった業界に、こんなこともできるのかという驚きを与えた作品でした。
現在はKindleの電子書籍版を入手できます。

THE ALFEE、ロックバージョン

1990年、ロックバンドのTHE ALFEEも『THE ALFEE CLASSICS with LONDON SYNPHONY ORCHESTRA』というクラシックカバーアルバムの中で、「プロムナード」を演奏しています。続編の『THE ALFEE CLASSICSⅡ』ではムソルグスキーの『禿山の一夜』も演奏しています。

マイケル・ジャクソン、ポップソングで引用

1995年発売のアルバムに収録されているマイケル・ジャクソンの『HIStory』では、もともと冒頭に「キエフの大門」がサンプリングで引用されていました。クレームがあったらしく、現在流通しているCDは雰囲気の似た別のオリジナルの曲に差し替えられていますが、どんな意味が込められていたのでしょうか。

この曲には様々な歴史的に重大なニュースの音源や、偉人の誕生日、命日、重大事件のあった日付などがサンプリングされており、深い意味が込めてあったことが察せられます。

旧音源版でのライブ映像 「キエフの大門」引用箇所1:24~

新音原盤。雰囲気の似た別のメロディになっている。

ブリッツ・ジ・アンバサダー、ヒップホップで引用

2009年、ガーナ人ラッパーBlitz The Ambassador(ブリッツ・ジ・アンバサダー)は、ELP版の「バーバヤーガの小屋」にラップを乗せた『B-Boy Massacre』を発表しています。
日本語では「ヒップホッパー虐殺」という物騒な意味のタイトルですが、クラシックの名曲がロックを介してヒップホップになるというジャンルの垣根を飛び越えた作品に、音楽の無限の可能性を感じます。

引用箇所0:00から

STERN-COMBO MEISSEN、ロックバージョン

2015年にはドイツのプログレッシブロックバンドSTERN-COMBO MEISSEN(シュテルン・コンボ・マイセン)も、『展覧会の絵』全編をロックアレンジしたライブアルバムをリリースしています。
プログレ同士とあってELPの影響がやはり強いようで、プログレアレンジがもたらした影響の大きさが感じられます。

いよわ、ボカロ曲で引用

引用箇所1:10~、2:47~

2020年にボカロP(初音ミクなどのボーカロイドを使う作曲家)のいよわが発表した『1000年生きてる』は、古い絵画を擬人化した視点から「あなたの創作に込めた心が、あなたが死んだ1000年後も生きてる……かもしれないよ」と、アーティスト達への応援とも挑発ともとれるメッセージをシニカルに歌う曲です。この間奏とアウトロに、展覧会の絵のプロムナードのメロディが取り入れられています。

ムソルグスキーに、そこからラヴェルに、そして世界を席巻した偉大なアーティスト、ゲームやヒップホップやボーカロイドといった新しい舞台にまで、ハルトマンの絵に込めた心が長く受け継がれて生きているかのようですね。まだ没後150年程度ですから、1000年にはあと7倍くらい必要ですが

5.まとめ

小さい頃、音楽の授業で、私たちはムソルグスキーを習っているはずですが、クラシック音楽と関わっていないと、多くの人は忘れてしまっているかもしれません。
分野を問わず多くのアーティストに影響を与え、現在まで聴き継がれている曲を作った、ロシアの偉大なクラシック作曲家です。

ピアノ組曲『展覧会の絵』は彼のレガシーの一つですが、友人のハルトマンの遺作展に展示されていた絵にインスパイアを受けて出来たことまではなかなか紹介されません。

何より驚くべき点は、ムソルグスキーの存命中は日の目を見ずに、亡くなってから、フランスで有名になったことです。もしもコルサコフが発掘してくれなかったら、この名曲はひっそりと歴史の闇に消えてしまったかもしれないのです。

19世紀末に、フランスの絵画の分野から印象派と言われる新時代に突入します。その頃は、ヨーロッパ以外の世界の芸術の要素を取り込んで、芸術が急激に変化して行きました。ジャポニスム(ジャポニズム)と言われて、日本の葛飾北斎の浮世絵などの要素も取り込んで、この新たな芸術が昇華されて行きました。
『展覧会の絵』は、ロシア人の作曲家ムソルグスキーの、ロシアならではの音楽性と、万人に親しまれる印象派のスタイルで今も人々を惹き付けています。

クラシック音楽の印象主義を、片やフランス人のドビュッシーが、もう一方でロシア人のムソルグスキーが旗頭を担ったことは、興味深いですね。
ドビュッシーも、モネなど印象派の絵画に大きなインスパイアを受けました。ムソルグスキーの『展覧会の絵』も、絵画にインスパイアを受けて作曲しました。

芸術は、互いに影響し合っています。それは時代を超えた現代にも強く影響を持ち続けています。

音楽と絵画を一緒に楽しみ、優雅な時間を過ごしてください

*ドビュッシーと印象派に関しては、以下の記事を参考にしてください


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オペラハーツの編集とライターを兼任。 小中でピアノ教室に通い、中高では吹奏楽部で打楽器を担当した程度の演奏経験。 クラシック以外にロック、EDM、ボカロ、ゲーム音楽なども好んで聴く。

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