男性ソプラノ歌手(ソプラニスタ) 木村優一インタビュー/後編
ソプラニスタ木村優一さんインタビュー/後編
声楽家、木村優一は男性でソプラノの音域が出せる男性ソプラノ歌手──ソプラニスタです。天から与えられたその声はまさに奇跡。キャリアを積み重ね、今、充実の時を迎えています。そんな木村さんが、10月に久々のコンサートを開きます。
前編ではプロデビューまでのことをお話いただきました。では現在、声楽家として日々をどのように過ごし、コンサートの開催へ向かっているのでしょうか。
ソプラニスタとして
プロの音楽家の日々、考えていること、実行していること
──ソプラニスタとはどういう声種なのでしょうか。
カストラート(※1)、カウンターテノールと比べられることが多いです。それぞれ語源が異なるんですね。ソプラニスタがどう発祥したかはいまだにはっきりしていないんです。
レパートリーだとカウンターテノールのものか、カストラートが歌っていたものですね。バロック時代の作品です。
岡本知高(※2)さんのおかげで一般的な言葉になりましたけれど、学術的にソプラニスタという言葉を使っていいのかと思い調べてみました。
イタリアのカウンターテノールの先生に習った時に「君も私と同じカウンターテノールのカテゴリーである。ただし音域は違うけれど」と言われたんです。カウンターテノールというとアルトのイメージをもたれると思うんですが、僕は低音が出ません。
上はソプラノの、下はアルトの基本的な音域
日本ではアルトくらいの音域の人をカウンターテノール、ソプラノの音域の人をソプラニスタと言うようです。僕自身はカウンターテノールと言われても違和感はないです。裏声で歌い、イメージとしては軽めのソプラノです。
※1 カストラート:16~18世紀ごろの、去勢によって人為的に高い声を維持した男性歌手。現在は倫理的問題もあり存在しない。
※2 岡本知高:日本のソプラニスタで、メディア出演も多数。フジテレビ系のフィギュア中継で使われるラヴェル『ボレロ』などが有名。
声のケアについて
──日常的に声のために気をつけていることを教えてください。
デビューしてからはお酒は飲んでいません。翌日てきめんに出ちゃうので。練習できなくなるのが嫌なんです。今日ちょっとやりたいなっていう時にやる気が起きなかったり、声の調子が良くないから、というのが嫌なので。あと睡眠を取るようにしています。これもやる気にてきめんに出るんですね。タバコももちろん吸いません。
スポーツドリンクが割と体液に近いと聞いたので、自分に合うスポーツドリンクをなるべく身近に置いて常温で飲むようにしています。
デビュー当時の木村優一さん
目標に向かう強い意志について
──芸術家として高い目標に向かい続ける気持ちをキープすることについてお聞かせください。
一般の方にはなかなか理解していただけないところなんですが、とても難しいことなんです。
私の妻は画家ですが、とてもストイックに生活しています。自分はこれで生きていくと決めて、結婚もしないつもりだったし、このためだったら全部犠牲にしてもいいという覚悟のある人。
いたって普通の人なんですが、内に持っているものがものすごくて、彼女を見て自分もこうあっていいんだ、という刺激をもらっています。
今の自分の声をキープするのは、自分との戦いでもあります。一般的にカウンターテノール、ソプラニスタは寿命が短いと言われるので、年齢とどこまで戦えるのかな、と考えます。
何もやっていなくてもいいね、自然に歌えるんでしょ、と思われているんですが、そんなことはないんですよ。アスリートと同じ。メンタリティもあそこに向かっていくために準備していく、という感じで、体の感覚も人一倍気をつけないといけない。
やるべきことがあるっていうのはそれだけ楽しみでもあります。私もできる限り歌っていたい、しかもこの声で歌っていたい。それはどの声種の人も同じ戦いをしているのでお互い頑張ろうね、っていう思いですね。
最近はポップスも歌うのですが、モーツァルトだったりヘンデルとかをちゃんとした様式でバリっと歌っていいねと思ってもらえる。そういうことのできる精神力と技術を持っていなければだめだなと。
マイクも使えるし、数もこなさなければいけないしで器用に歌えるようになってきてしまった。すぐにパッとモーツァルトが歌えるか、ヘンデルが歌えるかっていうと歌えない。できないけれど、でも現状から逃げずに向き合うこの自分は、それはそれでいいんだと。
ある曲を目標にして、いつでも歌える自分でいたい。いつでも歌える自分でいるのはすごく大変なことで、いかに集中して効率よくやるかを日々考えています。それを続けていれば、いつかは大きなチャンスが来ると思うので。
10月のリサイタル
久々の舞台で歌うのは映画音楽やだれもが知っているポップス
──コンサートではどのような曲を披露してくださるのでしょうか。
今度のコンサートで歌う曲は全部好きな曲です。いろいろな方に聞いていただきたいという思いで考えました。僕が20代だったらこういうクラシック以外の曲は歌えなかったです。技術的にも無理だしメンタリティも無理。耐えられなかったと思うんです。
以前、中島啓江(※3)先生が本当になんでも歌われていたのを目の当たりにしました。あとスマイル合唱団、青春ポップス合唱団との出会いがありました。みなさん音楽を愛してらっしゃる。
それまで私はリサイタルと言えば、クラシックの曲だけを歌い、最後だけしゃべる、と言うスタイルをとっていました。いらっしゃるお客様はやはり限られた方たちだけでしたし、お客様との距離もありました。
合唱団のみなさんはフレンドリーで、みんなが楽しく喜んでいる世界に触れて、私はある意味救われたんです。今の事務所にお世話になる前は、私は大学院にいたんですが、もう歌を諦めるつもりで就活していました。その就活で出会ったのが今の事務所です。音楽をやめようと思っていた自分が毎日のように音楽を愛する方たちと会える、自分が勉強してきたことを使って社会と繋がれる……とても救われました。
2016年熊本地震以降、出身地である熊本県の復興支援として、仮設住宅への訪問やチャリティーコンサートを行う。
もともと小さい頃から母の影響もあっていろいろなジャンルの音楽を聴いてきたので、自分の声で出すことはしなくても好きな曲がいっぱいありました。自分が歌ったらこうなるんだという発見もあり、今はとても充実しています。
10月のコンサートはそういう今の私をご覧いただけます。みなさまお越しください。
※3 中島啓江:1957-2014。オペラ歌手。テレビやラジオなどでも精力的に活動し、木村さんにとっては所属事務所の先輩でもあった。
クラシックを歌える自分を最前線に置いておきたい
──いつでもクラシックの曲を歌える、さらにポップスも歌う、ということは簡単なことではないのですね。
ポップスも奥深くて難しいんです。ポップスだけになってしまうとクラシックが歌えなくなってしまうので。そのバランスは難しいです。
今、自分がちょっと頑張ろうと思ってるのは、つねに、ソプラニスタの木村優一だからこそのヘンデルやモーツァルトなどのクラシックの超難曲を歌うことができるメンタルとフィジカルをキープする。そしてそういう曲を最前線にちゃんと持っていられる自分になることを目標にしています。
練習していても辛いけど楽しい。まあほとんど辛いんですが。
多分一生到達できない目標に向かい続けるということですね。特に歌は、年齢との戦いもあるので。
向かっているけれど、でも今の自分は全然できていないなあと現状を受け入れる精神力は身についたかなと思います。それはそれとしてあっけらかんと受け入れられる。学生の頃の、ああ辛い、というのとは変わってきました。
YouTube「木村優一公式チャンネル」ではポップス曲の歌唱など様々な企画を配信中。『ちむどんどん』主題歌「燦燦」は今回のリサイタルプログラムに予定されている。
ソプラニスタという高い音域のデリケートな声種を大切に歌い続ける木村さん。ストイックな日々の鍛錬、練習を怠ることなく続け、一方で多くの人と音楽の喜びを分かち合う活動も続けていらっしゃいます。
コロナ禍の日々はいつもより一層、芸術家としての自分と向き合われたことでしょう。久しぶりのコンサートではその経験、思いが溢れ出るに違いありません。コンサートでクリアでピュアな美しい歌声を楽しみましょう。
ソプラニスタ木村優一
2022年オータムコンサート
『歌う喜び』
2022年10月10日(月・祝)
会場:大手町三井ホール
開演:15時
★ チケット料金
6,000円(入場時別途ワンドリンク代)
詳しくは:キャピタルヴィレッジ
プロフィール
木村優一|Yuichi Kimura
又、アーティスト活動と並行してNPO法人音楽で日本の笑顔をに従事し、スマイル合唱団、青春ポップス合唱団や被災地での音楽を通じたボランティア活動を続けている。
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