インタビュー:久々に日本でリサイタルを開くソプラノ砂田愛梨さん
イタリアでの日々、当たり役となった『ドン・パスクワーレ』のノリーナ役、自身のキャリア、リサイタルのこと
現在、拠点をイタリアに置いて活動しているソプラノの砂田愛梨さん。ミラノでの海外研修を終え、いよいよ本格的に活動を展開しようとしている、今まさに旬のソプラノです。
イタリア研修の様子、昨年の充実した活動、そしてこれからについてお話をうかがいました。
大ブレイク直前の砂田さんの貴重なインタビューです。
声楽家の道へ
小学生の頃に地元の少年少女合唱団にいたのですが、特に声楽に芽生えることもなく、ピアノ科に進みたいと思っていました。高校受験の時に、きれいな声だとある先生がほめてくださったことを母が覚えていて、音大附属高校の声楽科の受験を薦められ、進学しました。
そうしたら楽しかったんですね。1年生の時はただただ楽しかった。2年生から『トスカ』とか『アイーダ』などを見てしだいに声楽、オペラにひかれていきました。
研修時代
大学院を卒業して新国立劇場オペラ研修所の研修生となりました。期間は3年間です。バレエとか身体的なレッスンもあり、オペラの内容面や語学など座学の授業もあります。オペラ公演が一年に2公演あるんですけれど、そのレッスンやアンサンブル稽古、立ち稽古なども受けます。授業は無料で、奨学金も出ます。
研修所に入所するためには大学・大学院卒業程度のレベルが必要で、オーディションは結構厳しいです。声種は関係なく成績の上位5人しか取らないんです。
ソプラノは人数が多いので大変なんですよ。年によってばらつきがあるんですが、私の期はソプラノが4人いました。同期の人たちはみな、頑張って活躍しています。
その後、文化庁の海外研修生となり、イタリアのミラノ、スイスのルガーノへ勉強しに行きました。それから今度は五島記念文化賞を受賞して引き続きミラノで研修を続けました。2018年末から2022年末まで研修していたことになります。
その間さまざまなコンクールを受けました。コロナ禍と重なるのですが、遠いところにいらっしゃる先生はオンラインで、あとはパーテーションを使ってレッスンと研修は続けられました。
イタリア・オペラを歌えるようになりたい
研修先をイタリアにしたのは、イタリア・オペラを本当に歌える歌手になりたいと思ったからです。
学生時代はどの曲も好きで、研修所でもいろいろなものをやらせてもらいました。留学前に受けたコンクールではドイツ・リート、現代もの、フランスものも歌ったりしました。
これから先、自分は何が本当にやりたいんだろうと考えた時に、イタリア・オペラだと改めて思ったんです。私の声は、リリコ・レッジェーロとリリコのところなんですが、大変険しい道を選んだと思います。
イタリアでイタリア・オペラを歌うということ
イタリア人は、イタリア・オペラは世界中で歌われているけれど、イタリアのものだと思っているんですね。当たり前ですけど。イタリアで認められる=イタリア人好み、というわけで、そこに入り込んでいって「面白いね」とまずは興味を持ってもらえるだけでいいんです。
外国人でしかもアジア人、差別はあります。認めてもらう、ではなく最初のとっかかりは関心を引くことができるかどうかです。
コンクールの際、審査員の先生の中には、ペンを置いたり、ガチャガチャ音を立てたりくしゃみや鼻をかんだりする方がいます。はなから聴いてもらえないんです。日本からわざわざ来て何がしたいんだと。
それでも聴いてください、といいますか、「そんな対応をされても気にしてません。不要でしたら大丈夫、帰ります。聴いていただけるなら歌いたいんですけれど。私、こういうものを持っています。この作品をこう理解しています。歌います。」っていう感じ。
そういう強い姿勢でいると面白がって聴いてくれる人もいるんです。そこから意外と「いいんじゃない」といった反応になることがある。
はじめの入り口が相当狭くてハードルが高いので、鋼の心でいます。もちろん心が折れることだってありますよ。終わったあとにすごく怒る時もあります。「なに、あれ。あの対応はあまりにもひどいだろう」というようにね(笑)。でもそういうことをされるうちは、まだ私はそのレベルなんだと、さらに今後頑張ってやると開き直ります。
第9回”Primo Fausto Ricci”国際コンクール(イタリア・ヴィテルボ),2021年
そんなふうにコンクールを受け続ける中、2021年に “Premio Fausto Ricci” 国際コンクールで審査委員長のホセ・カレーラス先生から審査員特別賞を受賞し、オペラ配役部門で『ドン・パスクワーレ』のノリーナ役を獲得しました。この役ををどのくらい理解しているか、というところを評価していただきました。
これのおかげでノリーナ役を昨年は8カ所の劇場で歌う機会に恵まれました。いろいろな劇場でこんなにひとつの役を歌うことができ、結果としてキャリアになりました。
イタリアの劇場でノリーナを歌った実績
ドニゼッティ作曲 歌劇「ドン・パスクアーレ」ノリーナ役|ウニオーネ劇場(イタリア・ヴィテルボ),2022年3月
昨年はノリーナをずっと歌っていました。3月から始まり、イタリアの8カ所の劇場と契約して毎月稽古と本番があるという感じでしたね。
劇場がキャストとプロダクションを買っているので、劇場が変わるごとに少し変化するんです。ベースの演出は同じなんですが、劇場のサイズが違うとか、マエストロが変わったり演出が変わったり、オーケストラも合唱も異なったりするので、毎回稽古をしていました。
サッカーリーグと同様、劇場にもランクがある
イタリアのサッカーリーグにはセリアA、Bとありますよね。それと同じでイタリアの劇場もA、Bとランクがあるんです。Aはミラノ・スカラ座やローマ、トリノ、パルマ、ボローニャなどの14劇場がそう言われています。私がこれまで歌ってきている劇場は市立劇場などのBクラスです。主役をやる際、AとBの差が大きいんです。Aでも脇役だったら入れる場合もありますけれど。
研修は終えたので今はミラノを拠点として仕事モードになっています。自分の年齢、これからのキャリアのことなどをシビアに考えています。
年齢やマネージメント、適切なコンクールを受ける、劇場関係者がいるオーディションに行ったりマスタークラスに行く……そういう活動を続けていると、ある時、いろいろな要素が「パンッ」と揃って、劇場へのチャンスが開かれるんです。今はまだ、そのきっかけを狙いつつ、下積みを続けるという状態です。
キャリアを築く心構え
私くらいのソプラノは本当にたくさんいるので、何を武器にするか、そして常に良い状態でいることが重要です。自分のレパートリーだけ、とかベルカントだけとか言ってても仕事は来ない。
海外研修ではそういう突き詰める勉強はちゃんとしておくべきです。いきなり現場に行っても応用力を発揮できるようにするために。劇場に入って、もしだめだったら即クビですから。プリモ、プリマ役は外国から連れて来ますとか言われてしまう。
私のレベルだと、ちょっとでも気に入らないことがあったらもうすぐに切られる、という状況なんです。Bクラスの劇場だっていくらでもやりたい人がいる良い仕事ですからね。
稽古は1回も抜けません。まじめというか真剣に取り組みます。毎回、そうしているとイタリア人も納得してくれる。
根性論じゃないですが、いつも全力全開、っていう気迫みたいなのを好いてくれて、信頼関係が築けます。本当はあんまり良い方法だとは思わないんですが、私はまだその段階なんで。まだ稽古を抜くことは絶対できないと線引きしています。毎回、稽古でも勝負です。まだまだ余力有り余っています、というところを見せています。
イタリアでは、大体の歌手が40歳までに出ないと、と言われます。ソプラノはもっと早いです。ステップアップするためのコンクールはなかなか選ぶのが難しいですが、コンクールを受けるのは今年、来年あたりまでと決めています。そうしてオーディションの枠を探す。そういうわけで、今は沸々とマグマを溜めている状態です。
レパートリの拡充──リリコからスピントの曲に取り組む
リリコからスピント※と言われる役にも取り組み始めています。個性的で強い役から、ものすごく女を武器にする、といった役どころです。実はそういうレパートリーも好きなんです。少しずつレパートリーを広げていきたいなと思っています。少女の役から大人の女性の役ですね。将来的にそちらに進む声なのかなと感じています。
イタリア・ベルカントの継承者で私の師匠であるルチアーナ・セッラ先生から、ベルカントを続けて声を清潔に保ちなさい、技術も学んで、と教えられていました。
それを学んできたから、そしてこれからも続けるからこそ、もしスピントの役をやるとしても壊さずに技術で補える部分が多いなと思っています。先生には止められているんですけれどね。自分のこれからのキャリアを考えるとリリコからの役も、自分に合って出来ると思えたらやっていきたいです。
※「リリコ」「スピント」… 声質の種類。ソプラノ・リリコは軽やかでありながら大人の女性らしさを感じる表情豊かな声、ソプラノ・リリコ・スピントはリリコよりも重量感のある力強い声で、オペラではこの声質によって配役が決まります。
2023年2月,大阪交響楽団261回定期演奏会/ドヴォルザーク作曲 歌劇『ルサルカ』外国の女王役に出演した際。
写真:大阪交響楽団Facebook公式サイトより
待望の日本でのリサイタル
昨年、イタリアで歌ってきた曲を歌います。大切に歌い込んできた曲ばかりで、久しぶりに日本のお客様の前で歌いますが、喜んでいただける内容ではと思っています。
オペラは、『リゴレット』『椿姫』『ランメルモールのルチア』そして『ドン・パスクワーレ』からのアリアですね。あとは、レスピーギ、トスティ、ベッリーニの歌曲も入れました。
ブレない強い心を持ち、かつ、努力を惜しまない、とても現代的でかっこいい女性である砂田さん。
着々とキャリを積み上げている彼女の現在の歌唱を、ぜひお聴き逃しなく。
近日の公演情報
2023年3月12日(日)
砂田愛梨 ソプラノ・リサイタル
〜イタリアからの一時帰国を記念して〜
■ プログラム ■
開演:14時30分
★ チケット料金
4,000円 ※全席完売
2023年4月8日(土)
PROJECT B 2023
会場:サントリーホール 大ホール
開演:14時
★ チケット料金
1,500円
お問い合わせ
TEL:050-5372-2144/PROJECT B(ハタノ)
MAIL:project_b_2013@yahoo.co.jp
プロフィール
砂田愛梨|Airi Sunada
東京音楽大学音楽学部音楽学科声楽専攻(声楽演奏家コース)卒業、同大学院音楽研究声楽専攻オペラ研究領域首席修了。新国立劇場オペラ研修所第18期生修了。
新国立劇場オペラ研修所提携・全日本空輸株式会社「ANAスカラシップ生」として2016年ミラノ・スカラ座研修所(伊)、2018年バイエルン州立歌劇場オペラ研修所(独)、平成30年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修員としてイタリア・ミラノ及びスイス・ルガーノでの研修を経て、2019年ザルツブルク・モーツァルテウム国際音楽サマーアカデミー、2019 年・2021年イタリア・サルデーニャ島カリアリ国際音楽サマーアカデミーにて、ルチアーナ・セッラ氏によるクラスのディプロマを取得。公益財団法人東急財団「令和2年度第31回五島記念文化賞オペラ新人賞」受賞後、2020年12月より再度イタリア・ミラノを拠点に海外研修を行い、現在はイタリアを拠点に活動している。
主な受賞歴に、第46回イタリア声楽コンコルソミラノ大賞部門 第1位・ミラノ大賞(2016年)。第54回日伊声楽コンコルソ第3位・日伊音楽協会賞・読売新聞社賞、及び最優秀歌曲賞、第12回”Magda Olivero”国際声楽コンクール第3位、及び特別賞(2018年)。 “Premio Fausto Ricci”国際コンクール 審査員特別賞、“Salvatore Licitra”国際声楽コンクール 第2位(2021年)など。
国内のオペラでは『フィガロの結婚』スザンナ、花娘、『魔笛』パミーナ、『ランメルモールのルチア』ルチア、『ドン・パスクワーレ』ノリーナ、『愛の妙薬』アディーナ、『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・アンナ等に出演。新国立劇場オペラ本公演には、2020 年『ラ・ボエーム』ムゼッタ役のカバーキャストして参加。
イタリアでは、2021年9月、12月(再演)Teatro Sociale “Delia Cajelli” di Busto Arsizio(ブスト・アルシーツィオ市劇場/ミラノ)にて、劇場創立130周年記念公演 ヴェルディ作曲『椿姫』ヴィオレッタ役で出演。2022年5月、再び同劇場主催公演 ヴェルディ作曲『リゴレット』ジルダ役で出演し好演。同年7月、”Sarzana Opera Festival”(ラ・スペーツィア)に同役で出演。2022年3月より、ドニゼッティ作曲『ドン・パスクアーレ』ノリーナ役で、イタリアのViterbo (Teatro dell’unione), Rieti (Teatro Vespasiano), Civitavecchia (Teatro Traiano), Chiusi (Teatro Mascagni), Orvieto (Teatro Mancinelli), Cosenza (Teatro Rendano)の各劇場に出演。Teatro Comunale di Sassari “Ente Concerti Marialisa De Carolis”(サッサリ市立劇場/サルデーニャ)の公演では、劇場シーズン・プログラムとしてプリマ・キャストに抜擢され契約、出演。地元紙やテレビ(TGR Rai)などで絶賛された。
オフィシャルwebサイト|AIRI SUNADA https://airisunada.amebaownd.com
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