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ジェノヴァが舞台の大河ドラマ、ヴェルディのオペラ『シモン・ボッカネグラ』

目次

4.オペラ『シモン・ボッカネグラ』見どころ~磨き抜かれた珠玉の音楽~

オペラ『シモン・ボッカネグラ』は、見どころ聴きどころがたくさん!後年の大改訂により歌詞も音楽も洗練され、ヴェルディの老練の技が光ります。それぞれの登場人物には魅力的なアリアがあり、各シーンに心打たれる重唱が配置されています。
ここでは特に有名な楽曲の中から、『シモン・ボッカネグラ』を特徴あるオペラにしている独唱と重唱をご紹介しましょう。

4.1.フィエスコのアリア「悲しみに引き裂かれた父の心は」|Il lacerato spirito

ニコライ・ギャウロフ(フィエスコ)、クラウディオ・アバド指揮、スカラ座、1978年

プロローグ、娘マリアを失ったフィエスコが運命を嘆いて歌う悲壮なアリアです。フィエスコはヴェルディのオペラの中でも代表的なバス歌手の役であり、ヴェルディは「鋼の声」を要求したと言われています。
このアリアは、妥協を許さぬフィエスコの厳格な性格を表すとともに、息の長い下降形のフレーズに娘を失った父の悲嘆をよく表しています。途中、舞台裏からマリアの死を悼む合唱が聞こえると、涙を流すような弦楽器のトレモロが心を掻き立て、フィエスコの悲しみは一層深まります。

ヴェルディは、オペラのストーリーを途切れさせずにアリアを配置する方法を模索していました。この曲は、重厚なオーケストラの前奏を受けたモノローグも、続くアリアも、シンプルな旋律線でありながらイタリア語が持つ響きや力強さを活かし、十分に感情を乗せて歌うことができるようになっています。一方で、声楽技巧に頼らず歌手が持つ声の力を最大限に発揮することを要求する曲であり、バス歌手のための屈指のアリアとして広く歌われています。

4.2.アメーリアのロマンツァ「暁に星と海は微笑み」|Come in quest’ora bruna

バルバラ・フリットリ(アメーリア)、フィリップ・オーギャン指揮、ウィーン国立歌劇場、2015年

第1幕第1場冒頭、海に臨む夜明け前の庭園。ジェノヴァの星空と海に思いを歌う、アメーリアの美しいアリアです。
オペラ『シモン・ボッカネグラ』は「海」の描写に極めて美しいオーケストレーションが付されています。木管楽器と弦楽器を中心とした前奏は、星の光にきらめきながら穏やかに打ち寄せる海の波音。それは同時に、愛らしく純粋なアメーリアの性格を表すようです。

男声、しかもバリトンやバスの低声が多くを占めるオペラ『シモン・ボッカネグラ』の中で、ほとんど唯一の女声の役どころのアメーリア。男性ばかりの政治の世界の駆け引きや闘争が繰り広げられる中で、透明な声で歌う優しく善良なアメーリアの存在はホッとさせてくれます。
一方で彼女は、シモン(平民派)とフィエスコ(貴族派)の政治的対立の和解をもたらす、物語の重要人物。登場から印象的なアメーリアの音楽は、彼女が背負う大きな運命を象徴しています。

また、これに続くガブリエーレとの愛の二重唱も必聴です!

4.3.シモンとアメーリアの二重唱「貧しい一人の女に~娘よ!その名を呼ぶだけで胸が踊る」|Orfanella il tetto umile – Figlia! A tal nome palpito

プラシド・ドミンゴ(シモン)、アンドレア・ロスト(アメーリア)、ハンガリー国立歌劇場、2022年

第1幕第1場、シモンとアメーリアの父娘が再会する感動の場面です。冒頭の悲しみに満ちたアメーリアの告白は、プロローグで行方不明になった娘を歌うシモン(二重唱「そのかわいい娘は海辺の見知らぬ人の間で育ちました」)と呼応します。25年間、同じ悲しみを抱えて人生をさまよった父娘の魂を象徴するかのようです。

アメーリアが実の娘マリアなのではないかと気付き、心を震わせるシモン。音楽は一転して予感が確信に変わる過程を描き、やがて父娘の胸の高まりを表す感動的なクライマックスへ。ハープのアルペジオが奏でる後奏は、まさに天上の音楽のよう。悲しみから至上の喜びへと激変する感情の振幅を、音楽が見事に表現しています。旋律の美しさとともに、感情の動きをシンプルかつストレートに描き出した、ヴェルディの二重唱の傑作です。

ヴェルディのオペラは、『ナブッコ』、『リゴレット』、『アイーダ』など父娘の関係を扱った作品が多くあります。また『椿姫』、『ドン・カルロ』も「父」という存在が大きいオペラです。これについて、ヴェルディの義理の父アントーニオ・バレッツィとの強い関係性や、子どもを持つことができなかったヴェルディの「父」への憧れなどが指摘されています。一方、当時の市民社会は「父」の権威が非常に大きい社会です。個人の自由と社会の抑圧の対立を扱うオペラや文学作品では、「父」という存在はクローズアップされやすく、権威の象徴のような存在であったのだろうと思われます。

4.4.シモンのアリア「平民たちよ!貴族たちよ!」|Plebe! Patrizi!

シモーネ・ピアッツォーラ(シモン)、マリア・アグレスタ(アメーリア)、チョン・ミョンフン指揮、フェニーチェ歌劇場2014―2015シーズン

第1幕第2場、議会の場面で平和を強く訴えるシモンの名演説です。威厳に満ちたシモンの言葉が、議場の動乱を鎮めます。力強く穏やかに平和と愛を訴えるシモン、シモンに応えるアメーリアの天空を舞うようなソプラノの歌声、登場人物のそれぞれの胸に渦まく思い、さらに群衆の合唱へ発展し、壮大な音楽を紡ぎあげます。その荘厳さ、神聖さはまるで、大規模な宗教曲のようです。

この議会の場面でシモンは、詩人ペトラルカの手紙を挙げヴェネチアとの和解を説きます。フランチェスコ・ペトラルカ(1304-1374)は、シモンと同時代の詩人で随一の教養人でした。彼がヴェネチアとジェノヴァの総督に和平を呼びかけた書簡は実在のもの。ペトラルカの思想は、イタリア統一の原動力になったと言われています。

1347年にローマで起きた市政改革「コーラ革命」は、オペラ『シモン・ボッカネグラ』と同時代の出来事です。この改革を主導したローマの護民官コーラ・ディ・リエンツィ(1313-1354)にペトラルカが会い、イタリア統一の萌芽のような彼の運動に熱い賞賛をおくりました。リエンツィの英雄譚は、リヒャルト・ワーグナー(1813-1883)のオペラ『リエンツィ、最後の護民官』(1842年ドレスデン初演)にも取り上げられ、今日もよく知られています。

神保 智 じんぼ ちえ 桐朋学園大学音楽学部カレッジ・ディプロマ・コース声楽科在学中。子どものころから合唱団で歌っていた歌好き。現在は音楽大学で大好きなオペラやドイツリートを勉強中。

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