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ジェノヴァが舞台の大河ドラマ、ヴェルディのオペラ『シモン・ボッカネグラ』

目次

7.オペラ『シモン・ボッカネグラ』の背景

サン・タゴスティーノ博物館にあるシモン・ボッカネグラの墓碑 出典:Wikimedia Commons

オペラ『シモン・ボッカネグラ』は、イタリア・ジェノヴァの歴史に名を残す、ジェノヴァ共和国初代総督シモン・ボッカネグラが主人公の物語です。ジェノヴァにはシモンの生家跡が遺り、彼の棺を収めた教会や墓碑を展示した博物館もあります。
温暖なジェノヴァは保養地として古くから有名で、ヴェルディも晩年、冬になるとこの街に滞在しました。ヴェルディの別荘は現存し、ヴェルディ行きつけの老舗カフェ「フラテッリ・クライングーティ」には彼自身が名付けた「ファルスタッフ」という名物クロワッサンがあります。

7.1.ジェノヴァの歴史とシモン・ボッカネグラ

シモン・ボッカネグラ統治時代のジェノヴァの硬貨 出典:Wikimedia Commons

シモン・ボッカネグラは、14世紀中ごろにジェノヴァ共和国初代総督に就任した人物です。この当時のジェノヴァは強大な海洋国家で、地中海の王者として近隣諸国に君臨していました。紀元前にローマと南仏を結ぶ街道が整備されると交易地として発展、十字軍遠征をきっかけに通商で成功し、強力な海軍を盾にエーゲ海や黒海に拠点を構えて繁栄しました。12世紀には共和国を樹立。地中海の覇権を巡って、同じく海の共和国であるヴェネチアと激しい戦いを繰り広げた歴史があります。

ジェノヴァは国内の政争が絶えなかったことでも有名でした。オペラにも登場するフィエスコ家とグリマルディ家の「教皇派」、名前だけ出てくるドーリア家とスピノラ家の「皇帝派」が激しく対立していました。これら有力貴族の対立が続く中、市民階級が台頭してくると「平民派」が現われ、貴族対平民の対立にも発展していきました。

シモン・ボッカネグラは、オペラでは「海賊」と紹介していますが、私的軍船の船長といった立場で、ジェノヴァ共和国のために働く軍人でした。シモンが初代総督に就任したのは、ジェノヴァが衰退にさしかかったころ。そもそも平民派の不満を抑え込むためにシモンを総督に就けた、皇帝派の苦肉の策でした。しかし1344年、対立する教皇派の陰謀によって一度失脚。ピサへ亡命します。シモンがいなくなったジェノヴァは、ヴェネチアとの戦闘が再開、飢餓やインフレにも悩まされました。1356年にシモンは再び総督に復帰し、独裁により和平を保ちます。そして1363年、貴族派によって盛られた毒で数日苦しんだ末、絶命しました。次の総督となったのは、オペラと同じガブリエーレ・アドルノ。しかしオペラとは正反対で、ガブリエーレはシモンに強い恨みを抱き、彼の功績を歴史から消し去ってしまったほどでした。

7.2.オペラ『シモン・ボッカネグラ』の大改訂

ジュゼッペ・ヴェルディとアッリーゴ・ボーイト 出典:Wikimedia Commons

オペラ『シモン・ボッカネグラ』は現在、初演版ではなく改訂版で上演されることがほとんどです。
『シモン・ボッカネグラ』初演は1857年3月12日、因縁のヴェネチア・フェニーチェ歌劇場でした。今や誰もが知るヴェルディの人気オペラ『椿姫』の初演失敗を喫した劇場がこのフェニーチェ歌劇場だったのですが、『シモン・ボッカネグラ』初演も失敗に終わってしまいます。ヴェルディは「『椿姫』以上の失敗だった」と手紙に書くほど。男声ばかりで華やかなアリアが少なく、モノローグなどの朗誦の比重が大きいこのオペラは、真剣に耳を傾ける聴衆でなければ理解できないことをヴェルディ自身も自覚していました。

そして、24年もの間オペラ『シモン・ボッカネグラ』の改訂の機会をうかがってきたヴェルディ。初演台本を手がけた台本作家フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ(1810-187.6)は、すでに他界していません。そこで、楽譜出版社リコルディの働きかけにより、作曲家で詩人のアッリーゴ・ボーイト(1842-1918)が改訂に全面協力しました。この協働で親密になった2人は後に、『オテッロ』や『ファルスタッフ』などの傑作オペラを生み出していきます。

ボーイトが改訂したテキストは、「エレガントで、力強い韻文」とヴェルディを驚嘆させました。ボーイトの文章に刺激されたヴェルディは、多彩な和声をオーケストラに書き加えます。プロローグはほぼ全部、その他の場面も大幅な改訂を加え、ストーリー展開が分かりやすくなり、ドラマの悲劇性が強調されることになりました。
改訂版は1881年3月24日、ミラノ・スカラ座で初演して大成功。折しも1870年に統一した新生イタリアは統一後の政情不安に苦しみ、オペラ『シモン・ボッカネグラ』に描かれた世界と重なる状況でした。第1幕で「平和と愛」を説くシモンの演説は、新生イタリア国民に訴えかけたヴェルディの叫びだったのかもしれません。

8.まとめ

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

オペラ『シモン・ボッカネグラ』は、最もヴェルディらしい作品といわれる通好みのオペラ。晩年の大改訂を経て練り直されたヴェルディの音楽は格調高く、心に染み入る地味深い作品です。

オペラって、素晴らしい!

参考文献

『スタンダード・オペラ鑑賞ブック イタリア・オペラ下』音楽之友社編、音楽之友社(1998年)
『ヴェルディのプリマ・ドンナたち/ヒロインから知るオペラ全26作品』小畑恒夫著、水曜社(2016年)
『黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ』加藤浩子著、東京書籍(2002年)
『オペラでわかるヨーロッパ史』加藤浩子著、平凡社新書(2015年)

神保 智 じんぼ ちえ 桐朋学園大学音楽学部カレッジ・ディプロマ・コース声楽科在学中。子どものころから合唱団で歌っていた歌好き。現在は音楽大学で大好きなオペラやドイツリートを勉強中。

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