モダン・バレエを確立させた二つの作品、ニジンスキー振付のストラヴィンスキー『春の祭典』/ドビュッシー『牧神の午後』
もう一つの問題作、ドビュッシー『牧神の午後』
『牧神の午後』は、こちらもバレエ・リュス制作で、ニジンスキーが振付を手掛けた、モダン・バレエ発祥に関わる当時の問題作です。モダン・バレエの発祥にあたって、『春の祭典』と併せて重要視されています。
一説では世界初のモダン・バレエ作品ともされる作品です。『春の祭典』のちょうど一年前、1912年5月29日に初演されました。
牧神の午後|L’Après-midi d’un faune
作品データ
作曲:クロード・ドビュッシー『牧神の午後への前奏曲』
原作:ステファヌ・マラルメの詩『半獣神の午後』
振付:ヴァーツラフ・ニジンスキー
美術:レオン・バクスト
初演:1912年5月29日 パリ・シャトレ座
構成:全1幕
上演時間:約10分
ストーリー
~ギリシャ神話の世界、精霊に魅せられて~
好色な牧神(下半身が山羊の姿の、羊飼いの神パーン)が岩の上で休んでいると、岩の下に7人の精霊ニンフが水浴びに来る。
牧神はニンフを誘惑しようとするが逃げられてしまい、7人目のニンフの落し物のヴェールに欲情する。
解説
牧神を演じるニジンスキー。神話の牧神は下半身が山羊だとされるが、ニジンスキーやバクストは牛と解釈した。
出典:Wikimedia Commons
ニジンスキーが初めて振付を手掛けたこの作品は、それまで一般的なバレエで用いられたステップや跳躍がなく初演当時のバレエとしては異色でした。
エジプトの壁画もしくは古代ギリシャの壺に描かれた絵に着想を得た、ダンサーが常に観客に対して横向きで演じる独創的な振付。また、牧神がヴェールに欲情するラストシーンには自慰行為を模したきわめて卑猥な振付が施されていました。
クラシック・バレエに比べて地味で難解、さらには直球に性的な演技を取り入れたこの振付もやはり『春の祭典』同様物議をかもしました。
しかしディアギレフはその革新性を信じており、公開リハーサルではキャビアとシャンパンで招待客をもてなす手の入れようで、先進的すぎる舞台に困惑する招待客らに「目新しすぎて一度じゃわからないでしょうから、もう一回やりましょう」と、すぐその場で二度目の上演をさせたといいます。
公開リハーサルを観たドビュッシーは怒り、新聞には原作者マラルメへの冒涜だ(初演時、マラルメは既に亡くなっていた)と辛辣な批判が掲載される一方、マラルメと友人だった画家オディロン・ルドンや彫刻家オーギュスト・ロダンは絶賛し、亡き友も満足するだろうという擁護記事を書くなど、賛否入り乱れる大スキャンダルに発展しました。
なお、原作のマラルメの詩がそもそも、牧神が戯れたニンフの素晴らしさを思い返す艶めかしい内容です。
その話題性のために続く公演のチケットは完売し、やがて世間にも受け入れられていきます。
本作品を擁護したオディロン・ルドン代表作『眼=気球』とオーギュスト・ロダン代表作『考える人』
出典:Wikimedia Commons
現在は『春の祭典』ともどもモダン・バレエの革新を成り立たせた分水嶺だと扱われている、新たな時代を切り開いた作品でした。
関連作品 山岸涼子『牧神の午後』
デビューから50年以上活動を続けるベテラン少女漫画家の山岸涼子が、『牧神の午後』という短編漫画を描いています。
ニジンスキーの半生を、フォーキンの視点から描いた歴史漫画です。脚色されている部分もありますが、ニジンスキーへの理解を深められる作品となっています。
山岸涼子はバレエ漫画『アラベスク』『舞姫 テレプシコーラ』、聖徳太子をテーマにした歴史漫画『日出処の天子』などを代表作としており、バレエ・歴史のどちらからも得意分野の本作は、短編集の表題作になるなど数多い山岸の短編の中でも高い評価をされています。
前半をこちらで試し読みできます。
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