レビュー:眞鍋杏梨 ピアノリサイタル2024年11月24日(日) 於. 代官山教会チャーチホール
「前半の祈りをテーマとした個性的なプログラム」
自身の挨拶の中でも、今回が初めての教会コンサートだと述べていたが、前半の3曲は場にふさわしく、「祈り」をテーマとした作品が並んだ。広いレパートリーと、個性的な音楽観を持つ眞鍋らしく3人の作曲家の作品を取り上げた。
1曲目は、教会音楽そのものである、ブゾーニがピアノ編曲をしたJ.S.バッハの『10のコラール前奏曲』から「来たれ、異教徒の救い主よ」。神へのコラール(賛美歌)の導入としてふさわしい、高揚感のある重厚な響きを聴かせてくれた。だが、それに続く2作品こそ、まさに彼女の個性と呼べる選曲ではなかっただろうか。
フォーレの『ノクターン 第1番』変ホ短調Op.33-1は、「夜想曲」の意味を超えて祈りの境地に達した名演であった。彼女自身も触れていたが、フォーレは古典宗教音楽のための音楽学校で学び、和声の展開には新しさを感じさせながら、その作品の数々にはどこか神への祈りと、人としての内省を感じさせる。それをここで聴かせるという世界観。
そして、リストの『詩的で宗教的な調べ』 S173/R14の第3曲「孤独の中の神の祝福」。時代はフォーレから少し戻り、ロマン派的な感情の動きを感じさせる流れに、彼女の音楽世界の深さを感じる。人の心の揺れの中に祈りはあるのだ。自らの内側を昇らせていくこの作品では、音数の多いなかに、一つひとつの音の粒が見えて、彼女の確かなテクニックにより、私たちは神への祈りを体感できたのであった。
「本領発揮の20世紀作品」
休憩をはさんで第2部は、舞踊・ダンスをテーマとしたプログラムであった。20世紀の音楽、現代の音楽は、まさに彼女の本領発揮の分野である。2023年7月に東京文化会館で開催された、文化庁文化芸術振興費補助金による新進演奏家育成プロジェクトリサイタル・シリーズTOKYO121では、眞鍋はオール現代音楽によるプログラムで臨み、圧倒的な技術と音楽性で魅了した。今回の演奏でもやはり彼女の世界観とテクニックに心をつかまれることとなった。
後半1曲目は、ストラヴィンスキー作曲のバレエ音楽『火の鳥』組曲(イタリア人ピアニストのグイド・アゴスティによるピアノ編曲抜粋版)。ストラヴィンスキーのオーケストラ曲をピアノ編曲すること自体、意欲的としか言いようがないのだが、結果、必然的に細かい技術の詰め込まれた編曲版を、眞鍋は見事にスケールの大きな音楽に仕上げていた。普段はおっとりとした話し口なのに、ピアノに向かうと迷うことなく、力強い大きな音楽を生み出し、それが彼女の音楽なのだとあらためて感じさせられた。
終曲はオーストラリア人作曲家のカール・ヴァインによる『ピアノ・ソナタ 第1番』。コンクールでもよく取り上げられる人気作品だが、現代音楽の片鱗を見せながらも、明確な構成が感じられ、音数の多い重厚な響きと緩急の流れで、この音楽によるダンスを見てみたくなる名作である。この辺りの音楽は彼女の最も得意とするところではないだろうか。技術的にはもちろん素晴らしいのだが、とにかく曲に入り込む集中力と、自らの音楽を紡ぐその音楽性、世界観に言葉をなくしてしまうのだ。今回のプログラムの中では、最も興の乗った演奏だったと思う。
そして、アンコール。スペインはカタルーニャの作曲家、フェデリコ・モンポウの『歌と踊り』より「第9番」を取り上げた。美しい旋律と和音展開で、先ほどのヴァインでの高揚と緊張をほぐしてくれるような優しい音楽を聞かせてくれたのであった。今日は教会コンサートだったのだと、ほっと一息つかせてもらってから、会場を後にした。次はどのような景色を見せてくれるのか、目が離せないピアニストである。
Program
J.S.バッハ/ブゾーニ編曲:コラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」
G.フォーレ:夜想曲 第1番変ホ長調Op.33-1
F.リスト:詩的で宗教的な調べS173/R14より第3曲「孤独の中の神の祝福」
Pause
I.F.ストラヴィンスキー/ギド・アゴスティ編曲:「火の鳥」
カール・ヴァイン:ピアノ・ソナタ第1番
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