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三島由紀夫『午後の曳航』:オペラ『午後の曳航』の原作紹介~オペラの原作#09

『午後の曳航』のあらすじ

『午後の曳航』あらすじ
1.第一部 夏

母の房子と横浜山手の家に暮らす登は、あるとき抽斗を抜き取ったところに穴があることを発見しました。この穴からは母の寝室がよく見え、登は度々母の姿を覗き見していました。

夏休みの終わり近く、母が二等航海士の塚崎竜二を家に連れてきます。竜二は先日、船好きの登に船の中を親切に案内しており、そのお礼の夕食のために竜二を招いたということでした。

その夜、登は覗き穴から二人が服を脱いでいく姿を目撃します。そのとき登は竜二が裸の肩をめぐらして、海のほうに目を向ける姿を捉え、奇跡の瞬間に立ち会ったと感じます。

翌日、見慣れない部屋で目を覚ました竜二は、二十歳の頃の自分は「光栄」を渇望していたということを思い出します。

『光栄を! 光栄を! 光栄を! 俺はそいつにだけふさわしく生まれついている』

『俺には何か、特別の運命がそなわっている筈だ。きらきらした、別誂えの、そこらの並の男には決して許されないような運命が』

竜二は仲間と打ち明けることのない孤独な船乗りでした。彼は船の上で、一人でワッチをし、眠り、目覚め、また眠るというストイックな生活を送っていたため、二等航海士としては例外的な貯金を持っていました。

竜二は房子と一夜をともにしたことで、船乗りとして歩んできたこれまでの人生と、状況が一変したことに驚き、戸惑っていました。

房子が経営する舶来洋品店レックスは、元町でも名高い老舗で、映画女優なども来店する店でした。

房子は趣味が良く高品質なものを輸入して販売していたため、客からの信頼も厚く、常連客たちはせっせとレックスに通っていました。

竜二と一夜をともにした翌日も、映画女優の春日依子が来店するのですが、房子は丁寧に接客をしながら竜二のことを、中断された夢の続きを見るように思い出してしまいます。

房子は思います。

「夫を亡くしてから私はあんなに男の人と長い会話をしたことがない」と。

仕事に出かける房子と別れた竜二は、房子がレックスの店じまいした後にまた会うことになってたので、どこかで時間を潰さなければなりませんでした。

竜二は一度、本船に戻った後、山手町の丘に行き、そこにある公園で時間を潰すことにしました。

夏の強烈な暑さをしのぐため、竜二は水吞場の噴水口を指で押さえ水しぶきを飛ばして、体に浴びました。着ていたシャツがびしょ濡れになるのも気にせず竜二は水遊びを楽しみました。

その後、公園を出て歩いていると偶然登に出くわしました。

泳ぎに行くと聞いていたので、竜二は登に「奇遇だな、泳ぎはどうだった?」と訊ねます。

登はそれには答えず、竜二に「びしょ濡れになってどうしたの?」と訊きます。

「そこの公園の噴水を浴びてきたんだよ」と竜二は答えました。

登は竜二にこのタイミングで会いたくありませんでした。

登は母親に鎌倉に泳ぎに行くと言って家を出たのですが、本当は海には行かず、彼が所属している不良グループの会議のために山内埠頭に出かけていたのでした。

その会議で登は仲間たちに、竜二のことを「そいつはすばらしい奴なんだ」と話してきかせていました。

リーダーの少年、首領は「それが君の英雄なのかい」と訊ねます。登は「あいつはきっとそのうち何かすばらしいことをやるよ」と答えます。

首領はその発言を嘲笑し、「そんな男は何もやらないんだよ。君のおふくろの財産を狙うのがオチだろ」と冷たく言い放ちます。

グループは首領以外には番号が振られており、一号から六号がいます。登は三号と呼ばれており、全員が小柄で脆弱な少年たちで、いわゆる「いい家」の子たちでした。

首領は孤独な少年でした。家に両親はほとんどおらず、あまりにも退屈だから家の中にある本はすべて読んでしまっていました。

首領は「この世界は虚しいものだ」という考えを持っており、グループ内で、この考えを啓蒙していました。

埠頭での会議が終わり首領は、「例の準備はできてるからこれから家に来い」と仲間たちに告げます。

例の準備とは猫を殺し解剖することでした。

「三号、お前がやれよ」

首領の家に着き、猫の殺害を命じられたのは登でした。登は首領に命じられた通りにします。

公園を出た竜二と偶然会ったのはこの後でした。

登は竜二に「ここで会ったことはママには言わないでね」とお願いし、竜二は頼もしそうに笑って応じます。

この反応に登は『この男は僕に好かれたいと思っている』と感じ、幻滅します。

登にとって海の英雄であった竜二ですが、少しずつ竜二に対して気持ちが冷めていくのを感じます。

その夜、登は日記に竜二の罪科を書きつけます。

『塚崎竜二の罪科。

  • 昼間会ったとき、僕に向かって、卑屈な迎合的な笑い方をしたこと。
  • 濡れたシャツを着ていて、公園の噴水を浴びたなどと、ルンペンのような言訳をしたこと。
  • 勝手に母と外泊して、僕をひどい孤立的な境遇に置いたこと。』

その夜、竜二と房子は古い小体なホテルに泊まっていました。

翌日、別れのときがやってきました。竜二は船に戻り、房子は日常に帰っていくことになります。

船が出るとき、房子は着物を着て登と二人で見送りに行きます。

最後の挨拶を交わし、船は世界に向けて出発します。船はどんどん小さくなり、やがて竜二の姿は見えなくなりました。

『午後の曳航』あらすじ
2.第二部 冬

冬になり、竜二が日本に帰ってきました。迎えに行った房子は再会を喜び、感動のあまり血の気が引いてしまうほどでした。

二人は泣きながら抱き合い、もう離れるのは不可能であると確信するに至ります。

登は竜二が帰国した日、体調を崩して寝込んでいました。

家に着いた竜二は、お土産を持って寝室に入っていくのですが、登は仏頂面をしたままでした。

登は出し抜けに「今度はいつ出帆?」と竜二に訊ねます。

それに対して竜二は「まだわからん」と答えます。

その答えに登は怒りに顔を真っ赤にしながら、塚崎竜二の罪科にこのやりとりを書き加えます。

新年がやって来て、竜二は房子にプロポーズをします。

「結婚してくれないか」

素朴な言葉に房子の心は打たれます。房子はすぐに結婚することを承諾するのですが、またすぐ船に乗るのなら結婚するのは難しいと答えます。

竜二はそのとき答えは濁すのですが、心の中では船乗り稼業はもう廃止しようと決意しているようでした。

やがて、竜二は船乗りをやめ、房子の指導のもと、レックスの経営を手伝うようになります。

房子の勧めにより、竜二は文学書や美術全集、英会話のテキスト、店の経営に関する本などを読み始め、イギリス物の趣味のいい服装を身につけ、レックスに通うようになります。

登は竜二のこの転身に幻滅し、非常にがっかりします。

一連の出来事を首領に伝えると、首領は登にこう言います。

「君はそいつをもう一度英雄にしてやりたいのか」

登は竜二に海の男、英雄でいてもらいたかったと思っていました。

首領は「そいつをもう一度英雄にしてやる方法が一つだけある」と言いました。

ある日、登が学校から帰ると、母と竜二が余所行きの服装をして待っていて、これから映画に連れていってあげると言いました。その映画は登がかねてから観たいと思っていた映画だったので登は喜びました。

映画が終わると、二人は登を座席がある料理屋に連れて行きました。そこで母は登に「塚崎さんがこれからはパパになるのよ」と告げました。

その夜、登は抽斗の隙間から寝室を覗き見します。

いつもならバレないこの悪戯が、この日初めてバレてしまいます。房子は激怒し、登を泣きながら叱責します。

「もう私じゃ手に負えないわ」

そこに竜二が現れ、登を諭すように叱責します。

その優しい叱責を受けて登は『この男がこんなことを言うのか。かつてはあんなにすばらしかった、光り輝いていたこの男は』と思います。親愛がはっきりと軽蔑に変わった瞬間でした。

後日、登は首領に竜二のことを相談に行きます。

ノートに記録していた「塚崎竜二の罪科」を首領に渡すと、首領は「こりゃひどい」と沈痛な声で言いました。

そして「やつを処刑しよう」と宣言します。

処刑の準備と計画はこのようなものでした。

登山用の麻縄を準備する。

魔法瓶に熱い紅茶を入れてもってくる。

目隠しの布とさるぐつわを用意する。

そして、それぞれ好きな刃物を持ってくる。

三号(登)がうまく竜二をアジトに誘導し、睡眠薬入りの紅茶を飲ませ、竜二の体にメスを入れる。

この計画を聞かされて、少年たちは驚き凍りつきますが、首領は冷静な声で六法全書を読み上げます。そこには「十四歳ニ満タザル者ノ行為ハ之ヲ罰セズ」と書かれていました。

少年たちはまもなく十四歳になろうとしていました。だから、この計画を実行するには今しかないんだ、と首領は仲間たちに言って聞かせました。

そしてこの計画を実行する日がやってきます。それは冬のさなかの穏やかな日差しの午後でした。

登は竜二に「僕たちの乾ドックに来てみんなに海の話を聞かせてやってほしい」とお願いします。

竜二は息子になった登に心を開いてもらうチャンスとばかりに快諾します。

はしゃぐ少年たちは、竜二をは「こっちこっち」と連れていきます。小柄な少年たちが大人を引いていく様は、六艘のタグ・ボートが、一隻の貨物船を曳航している具合だ、と竜二は思います。

市電に乗り、山を登り、やがて目的地に到着します。

竜二が「乾ドックってどこだい?」と少年たちに訊ねます。首領は「ここだよ」と答えます。

「ここが僕たちの乾ドック。山の上の乾ドック。ここでイカれた船を直したり、一度バラバラにして造り直したりするんだ」

「ふうん。こんなところまで船を曳き上げるのは大変だな」

「簡単だよ。わけないよ」

こうしてアジトに連れてくるのに成功した少年たちは、竜二に船や海についてを語らせ、頃合いを見て睡眠薬入りの紅茶を取り出しました。

紅茶を渡したのは登でした。

竜二はその紅茶を一息に飲みました。

飲んでから、ひどく苦かったような気がした。誰も知るように、栄光の味は苦い。


参考文献

参考文献 三島湯塩『午後の曳航』 新潮文庫


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1982年、福島県生まれ。音楽、文学ライター。 十代から音楽活動を始め、クラシック、ジャズ、ロックを愛聴する。 杉並区在住。東京ヤクルトスワローズが好き。

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