三島由紀夫『午後の曳航』:オペラ『午後の曳航』の原作紹介~オペラの原作#09
まとめ 栄光の味は苦い
『午後の曳航』は、とてもセンセーショナルな作品です。第一部夏では、惹かれ合う男女二人とその別れ、海に焦がれる男と少年が描かれ、第二部冬では、憧れだった存在を失った失望が描かれています。
竜二は海に「光栄」を見ていましたが、海を捨て一人の女を愛することに決めます。登にとって「英雄」であった竜二のその決断は、許しがたいことでした。
作中で首領がクールに言い放つ「ここが僕たちの乾ドック。山の上の乾ドック。ここでイカれた船を直したり、一度バラバラにして造り直したりするんだ」という言葉にはゾッとさせられます。
『午後の曳航』で描かれる曳いた船というのは竜二のことだったということです。
この作品からは、救いのようなものを感じることができないかもしれませんが、栄光を得るためには自分の美、信念を曲げてはならない。さもなければ残されたものは死である、という三島由紀夫の美に対する芸術観が表れているようにも感じられます。
歌劇のタイトルが『裏切られた海』とつけられたのも原作を読むとなるほどな、と感じられると思います。
また、この作品の第一部「夏」は「海」に、第二部の「冬」は「陸」に置き換えてもいいという評があるようです(戦前・戦中と戦後にも)。
それ以外にもこの小説にはさまざまな対比が描かれています。大人と子ども、父と子、行く男と待つ女、純粋さと残虐性。
中でも存在感を放っているのが、不良グループのリーダーである首領です。家柄が良く、頭が切れ、残虐性を発揮することに微塵も躊躇いがないこの少年は、その後日本で起きる悲惨な少年犯罪を予感させる存在として際立っています(どこか子どもっぽいところがある竜二とは対極)。
登はこの世界においてどこか宙ぶらりんな存在に描かれています。母への愛と嫌悪、竜二への憧れと軽蔑、手放しでのめり込むことができない首領への忠誠。
事実だけを見れば、首領に命じられるままに猫を殺し、最後のシーンではかつての英雄をアジトに引きこむ役割を担うことになります。
つまり、大人を拒否する子どもの側に立ったということになるのですが、それがどこまで自分の意思であるのかが不明瞭であるところが、この小説のもつリアリティなんだと思います。
純粋な悪としての存在、首領。海の英雄である竜二。二つの引力に引っ張られる少年の未成熟な心。
『午後の曳航』はさまざまな解釈ができる作品です。ある人にとっては不快な感情を引き出すかもしれませんし、ある人にとっては固有の美を見出すかもしれません。当然、小説に答えはありません。だからこの作品は何度も読まれ、今も息をし続けているのです。
関連公演
東京二期会オペラ劇場 NISSAY OPERA 2023 提携『午後の曳航』
主催:公益財団法人東京二期会
共催:公益財団法人ニッセイ文化振興財団[日生劇場]
三島由紀夫原作のオペラ
2005年改訂ドイツ語版舞台上演として日本初演
二期会創立70周年記念 日生劇場開場60周年記念公演
東京二期会オペラ劇場 NISSAY OPERA 2023 提携
『午後の曳航』
全2幕(原語[ドイツ語]上演・日本語字幕付) 2005年改訂ドイツ語版日本初演・新制作
作曲:ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ
台本:ハンス=ウルリヒ・トライヒェル
指揮:アレホ・ペレス
演出:宮本 亞門
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
【公演日程】
2023年11月23日(木祝)17:00開演
24日(金) 14:00開演
25日(土) 14:00開演
26日(日) 14:00開演
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