世界中で愛される、泣けるオペラ『椿姫』〜あらすじや曲を紹介〜
4.オペラ『椿姫』の見どころ~「乾杯の歌」の他にも!~
オペラ『椿姫』と言えば「乾杯の歌」は誰もが知る有名曲ですが、他にも魅力的な曲が盛りだくさんです!
数多くの「泣けるオペラ」を生み出したヴェルディ。歌もオーケストラも全ての音楽がドラマと完全に一致し、巧みな調性選択やモティーフの配置で聴く人の感情を強烈に揺さぶります。まさに音楽そのものが、オペラ『椿姫』の物語を形作っているのです。
中でも珠玉のアリアは、登場人物の「真実」を描き出すオペラの核心。その人物の人格、精神、心理を数分の歌唱に全て凝縮しています。
4-1.「乾杯の歌」
ディアナ・ダムラウ(ヴィオレッタ)、ファン・ディエゴ・フローレス(アルフレード)、ヤニック・ネゼ=セガン指揮、メトロポリタン歌劇場2018年
オペラ曲の代名詞のような「乾杯の歌」。テレビや映画など、誰もがどこかで耳にしたことがある超有名曲です!
第1幕、ヴィオレッタとアルフレードの出会いの場面。即興的にアルフレードが歌い出すと、ヴィオレッタが応じるように歌を重ねます。さらに一同の合唱が加わり、舞台全体が混然一体となって豪華絢爛な雰囲気に。観客はここで、一気に物語の世界に引き込まれることでしょう。
親しみやすく陽気な旋律ですが、言葉の内容は「愛」を歌うアルフレードに対して「快楽」を歌うヴィオレッタ。娼婦としてのヴィオレッタの諦めと悲哀が、ここにすでに表れているかのようです。
4-2.ヴィオレッタのアリア「ああ、そはかの人か~花から花へ」
ネイディーン・シエラ(ヴィオレッタ)、ハノーファー野外コンサート2021年
第1幕フィナーレ、ヴィオレッタの長大なアリア。1人の女性の心の動きを鮮やかに描き出した、ソプラノのアリアの傑作中の傑作です。
夢見ていた真実の愛を歌う前半(「ああ、そはかの人か」)と、娼婦の身で純粋な愛など得られないと自嘲的に歌う後半(「花から花へ」)に分かれています。前半冒頭に現れる、胸の鼓動のような休符や昇り詰めるような上行音形は、恋に揺れる心の動揺。そして直前にアルフレードが歌った愛のモティーフを繰り返し、愛しい瞬間を思い出すという恋の行為を音楽で完璧に表現しています。
後半は一転して、コロラトゥーラ(装飾的な歌唱法)と高音の技巧を駆使した、ヒステリックなほど華やかな歌唱に。快楽に逃れようとする現実逃避と、諦めきれない愛への憧れに戸惑う心の葛藤です。途中、舞台裏からアルフレードの愛のモティーフが聞こえてきますが、打ち消すように狂気のようなコロラトゥーラにのめり込んでいきます。
技巧的歌唱を得意とするソプラノの定番レパートリーですが、大きく入れ替わる激しい感情の表現が求められ、歌いこなすのは非常に難しい大曲です。
4-3.ジェルモンのアリア「プロヴァンスの海と陸」
レオ・ヌッチ(ジェルモン)、ジェームス・ヴォーン(ピアノ)、スカラ座
第2幕、アルフレードを故郷に連れ帰るために、取り乱す息子をなだめるジェルモンのアリアです。
ヴィオレッタとジェルモンの対話がメインの第2幕。まさにここから悲劇が始まります。しかし、ジェルモンが歌うこのアリアは、なんと慈愛に満ちたものでしょう。深い父の愛を感じずにはいられません。
若い恋人の仲を引き裂く、悪役としてのジェルモン。しかし、常にアルフレードを見守り、最終的にはヴィオレッタの一番の理解者であったとも言える存在です。一方的に悪役を担わせるばかりではない、ヴェルディのオペラ全体に通じるテーマでもある「あらゆる人間に対する視線」が、このアリアによく表されているように思います。
穏やかな美しい旋律が魅力的で、バリトン歌手の独唱レパートリーとしても人気の高い楽曲です。
4-4.ヴィオレッタのアリア「さようなら過ぎ去った日々よ」
エルモネラ・ヤオ(ヴィオレッタ)、英国ロイヤルオペラハウス
第3幕、死の床のヴィオレッタが、ジェルモンからの手紙を読み上げた後に続けて歌うアリア。アルフレードとの別れを決意した時の、絶望のモティーフから始まるのも印象的です。
このアリアの中で、ヴェルディ自身が名付けた「道を踏み外した女(La traviata)」というタイトルの言葉が初めて出てきます。そもそもこのタイトルは検閲対策として、不道徳な女の不幸な末路という倫理観を強調するためにつけたものでした。しかし、娼婦という立場にあっても真実の愛に生きた女性がいたと、このアリアは訴えます。どのような人のいかなる行動にも理由と背景があり、そこに視線を向けることで見えてくるドラマがある。それをヴェルディはオペラという芸術に昇華させたのでした。
ヴィオレッタ役の演技力が非常に試される第3幕。セリフによる手紙の朗読からアリア、絶望から歓喜へと動く感情の振幅、生気と死。表面には常に死の影をたたえつつ、瞬間的に入れ替わる激しいドラマを演じ切らなくてはなりません。
この難役を当たり役としたのが世紀のプリマ・ドンナ、マリア・カラス。今も彼女を超えるヴィオレッタはいないのではないかと言われています。
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