プレビュー:英国ロイヤル・オペラ・ハウス『イル・トロヴァトーレ

2023年9月22日(金)よりTOHOシネマズ日本橋、ほか全国公開

シーズン最後を飾るのはユニークな演出の『イル・トロヴァトーレ』

歌唱を存分に楽しめるヴェルディ中期の傑作 

「トロヴァトーレ」とは各地を放浪する吟遊詩人のことで、中世ヨーロッパに存在しました。歌い歩くシンガーソングライターのような感じです。このオペラの主人公はトロヴァトーレなのですが、あまりそれは重要ではなくて、15世紀スペインのアラゴン王国を舞台に4人の登場人物の愛憎と復讐に翻弄される物語です。

王妃に仕えるレオノーラ(ソプラノ)、レオノーラに恋して彼女を自分のものにしようと執着するルーナ伯爵(バリトン)、先代のルーナ伯爵に母親を殺され現ルーナ伯爵の弟を誘拐し自分の息子として育てたジプシーの老女アズチェーナ(メゾソプラノ)、そしてレオノーラと相思相愛の吟遊詩人、実はアズチェーナに育てられたルーナ伯爵の弟であるマンリーコ(テノール)の4人の関係を理解しておけば大丈夫。たくさん登場人物がいる作品と異なり、相関関係がシンプルで、ひたすら歌唱の美しさ、声に魅了される作品です。

今回も第2幕のジプシーたちの合唱(「アンヴィル・コーラス」)、ルーナ伯爵の「君の微笑み」、第4幕レオノーラの「恋はバラ色の翼に乗って」など聴きどころの合唱、アリアは完璧で楽しめます。もちろん第3幕マンリーコの「見よ、あの恐ろしい炎を」では最後のハイCが高らかに歌われ、圧巻です。

チャレンジングな演出に注目

今回演出を手がけたのはアデル・トーマスです。コヴェント・ガーデンには初登場で、このプロダクションは英ロイヤル・オペラ初演となります。このプロダクション自体は2021年に共同制作であるチューリヒ・オペラで初演されました。

歌唱を楽しむのが最大の魅力であるこの作品の時代背景にトーマスは着目しました。中世の絵画、ヒエロニムス・ボス、ピーテル・ブリューゲル、ハンス・メムリンクらの絵画に描かれている怪物を参照したとトーマスは語っています。

舞台は、暗くて濃いグレーが基調となっており、大きな階段があるだけです。ジプシーや兵士たちの衣裳はピッタリと体のラインを強調するもので、そこに四つん這いで動き回るルーナ伯爵の従者である奇妙な魔物たちがうごめいています。ダーク・ファンタジーのシンプルな視覚的効果抜群の舞台上で、4人の主要人物たちはそれぞれの立場、視点で他者との関係性を観客に示していきます。歌唱力だけでなく、高い演技力も必要とされる演出で、観客を魅了します。

スタイリッシュな舞台美術、演出は賛否両論あったようですが、従来の中世のロマンティックな悲劇だけにとどまらない鑑賞後に登場人物それぞれの思いなどを考えさせられる奥深い演出になっています。

パッパーノとオーケストラ、歌手の素晴らしいコラボレーション

芸術監督であるアントニオ・パッパーノがこの舞台でも指揮しています。どんどん引き込まれるワクワクするような勢いのある演奏で、歌手もオーケストラも一つにまとめ牽引していくパッパーノの魅力が発揮されています。

また歌手の中では、アズチェーナ役のジェイミー・バートンが大健闘しています。

ロマンティックな悲劇である物語に、中世の雰囲気とモダンなファンタジーの要素を加味した興味深い今回の『イル・トロヴァトーレ』、ぜひ劇場で体験してください。

画像|©Monika Rittershaus


2023年9月22日(金)〜28日(木)
英国ロイヤル・オペラ・ハウス『イル・トロヴァトーレ』
会場:TOHOシネマズ日本橋、ほか全国公開

開演:劇場による

チケット料金
一般・シニア 3,700円
学生・小人 2,500円

詳しくは:東宝東和



エディター・ライター 出版社勤務を経てフリーランスのエディター、ライターとして活動中。 クラシック音楽、バレエ、ダンスを得意ジャンルとする。

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