小説『ラ・ボエーム(ボヘミアン生活の情景)』アンリ・ミュルジェール:~オペラ『ラ・ボエーム』の原作紹介~オペラの原作#07-1
『ラ・ボエーム』あらすじ
9.北極の菫
またある日、ロドルフはモレッティおじさんの娘アンジェルに恋をしていました。従妹であるアンジェルにとってそれは耐え難いことでした。
アプローチをかけるのですが、彼女は氷のようによそよそしい態度を取ります。
アンジェルが友人の結婚式の舞踏会に出ると知ったロドルフは、舞踏会に持参する菫の花をプレゼントすると約束します。
「白い菫じゃなければ嫌よ」と注文をつけるアンジェル。
早速花屋に行って白い菫を所望すると、その値段はロドルフにとって法外ともいえるような金額でした。
虚しく日々は過ぎていき、ロドルフはマルセルに昼飯を奢ってもらうために出かけます。
家に着くと、マルセルは喪服を着た女性と話している様子でした。
女性は最近夫を亡くしたばかりで、墓に夫の片手を描いてもらいたいという相談をしていました。
「それと夫の墓に墓碑銘も書いていただきたいの」
マルセルは、それならこの男に任せるべきだと言って、ロドルフに話を向けます。
ロドルフは早速仕事に着手します。
北極のように寒い夜でした。
あまりの寒さに指がかじかんでペンが握れず、墓碑銘は2行も書けません。
そこでロドルフは2年を費やして書いた戯曲『復讐者』の原稿の束を取り出して暖炉に焚べていきました。
暖炉の炎は激しく燃え上がり、墓碑銘が完成します。
白い菫はアルジェルの元で誇らしげに咲いていました。
『ラ・ボエーム』あらすじ
10.嵐の岬
新たな季節の到来を告げる月の移り替わりには、恐るべき日もある。一般にそれは一日と十五日である。ロドルフはそのふたつの日付が近づくと恐怖に戦慄かずにはいられなかった。このふたつの日付をロドルフは〈嵐の岬〉と呼んでいた。
『ラ・ボエーム』アンリ・ミュルジェール 辻村永樹訳 光文社古典新訳文庫
それはなぜでしょう?この日には大家や、管理人、借金取りなどが、集金鞄をぶらさげてやってくるからです。
この日のトップバッターは見知らぬ男でした。男は「集金です」と言って、色とりどりの数字が書かれた紙を突きつけます。そこには約束手当、ビルマン宛と書かれていました。
ビルマンって仕立屋じゃないか……もう15日なの?そんな馬鹿な!
今度は下宿の家主ブノワ氏がやってきます。当然、集金です。払え、払わぬの押し問答をした後、ロドルフはショナールの家に避難することにします。
ショナールに「奢られに来た」と自信満々に言うと、「今日が何の日か忘れたのか?」と言い返されてしまいます。嵐はショナールにも訪れていました。2人はマルセルの家に向かいます。もちろんマルセルも強い嵐の中にいました。
「100フラン貸してくれ?そうやっていつまでも夢を見ているがいいさ」と言われる始末。
すべての当てが外れてロドルフが夜11時に家に帰ると、大家はすでに別の人物に家を貸してしまっていました。荷物だけでも取っていこうと部屋に入ると、以前愛の言葉を交わしたミミがいました。
ミミはロドルフのために夜食を作ってくれました。
「ああ、やっと嵐の岬が過ぎた」
ロドルフはミミを抱き寄せてうなじに口づけをしました。
『ラ・ボエーム』あらすじ
11.ボエームのカフェ
当時ボエーム四人衆は、大哲学者ギュスターヴ・コリーヌ、大画家マルセル、大音楽家ショナール、大詩人ロドルフなどと相手を呼び合い、規則正しくカフェ〈モミュス〉に通い詰め、いつも一緒にいるものだから〈四銃士〉などと渾名されていた。確かに四人はいつも連れ立って、帰るときも一緒だった。遊戯に興ずるのも、しばしば勘定を踏み倒すのも一緒で、この息のあった団結ぶりは高等音楽院の管弦楽団もかくやと思わせるほどであった。
『ラ・ボエーム』アンリ・ミュルジェール 辻村永樹訳 光文社古典新訳文庫
4人は広い〈モミュス〉を我が物顔で使うため、一見客や常識的な客には入りづらいカフェとなっていました。さすがの店主も堪忍袋の緒が切れて、一同を追い出そうとします。ボエーム一の切れ者であるコリーヌが舌先三寸で丸め込み、最低限のマナーを守ることで手打ちとなりました。
クリスマスイヴの夜でした。
ボエームたちは、それぞれの恋人を連れて〈モミュス〉に集まりました。
この日ばかりはと4人は奮発し、給仕たちを驚かせました。ミミもミュゼットも遠慮というものはなく、次から次へと注文を繰り返します。
まあ、今夜は本当に金があるのかもしれないな……。店主はそう考えましたが、そこはボエームです。誰も金を持っていませんでした。会計は25フラン75サンチーム。彼らにとっては天文学的な金額でした。
金がないと伝えると店主は激怒。激情家のショナールも応戦します。
悲惨なクリスマスイヴになるかというとき、救世主が現れます。
物腰柔らかな青年がボエームたちの会計を引き受けてくれたのです。
「実は、前からあなたたちとお近づきになりたかったのです」青年はそう言いました。
『ラ・ボエーム』あらすじ
12.ボエーム入会試験
〈モミュス〉で夕食代を肩代わりしたカロリュス・バルブミュシュは、以前からボエームの仲間になりたいと考えていました。とくにコリーヌに対して親近感を持っており、正式に仲間に加えてほしいとお願いします。
コリーヌは面接さながらに、いくつかの質問をします。
「芸術をやってるって?」
「はい」
「音楽は詳しい?」
「コントラバスを弾きます」
「天文学は?」
「少しは。バカロレアを取りましたから」
翌日、ボエーム内で会議が開かれました。
仲間たちは検討を重ね、最終的に、それぞれが一対一で付き合ってみて判断しようということになりました。
まずはロドルフがバルブミュシュの家を訪ねます。バルブミュシュは張り切って自作の詩を読み上げますが、それはあまりにも退屈で眠くなるような代物でした。
次の日はショナールの番でした。
ショナールは家具や揃えているワインや洋服に着目し、あいつが仲間になったら服が要るときに借りれるぞ、と言いました。
バルブミュシュを仲間に入れることに1番懐疑的だったマルセルは、丁重な接待と、肖像画の仕事を紹介してもらったことで上機嫌に面会を終えました。
4人は仲間に入れることを決め、バルブミュシュは有頂天になって喜びます。
歓迎会は、バルブミュシュの教え子の子爵の家で盛大に行われることになりました。
4人はバルブミュシュの洋服を漁りに漁り、持ち主である本人には着るものがなくなってしまいます。やがて宴会が始まりました。
ロドルフは詩の朗読中にグラスを割り、ショナールは曲を弾くピアノの弦が飛び、祝宴は狂騒的に盛り上がっていきます。マルセルだけが仏頂面でした。借りた靴のサイズが小さく足が痛くてたまらなかったのです。マルセルはバルブミュシュに言います。
「悪いけど、おれたちは親友にはなれそうにもないよ。身体の相性が合わないと、たいていは気持も合わないものだ。哲学的にも医学的にも証明されていることだよ」
午前1時になり、ボエームたちは暇を告げ、遠回りをして家に帰っていきました。
後編へ続く
参考文献
アンリ・ミュルジェール『ラ・ボエーム』辻村永樹訳 2019年 光文社古典新訳文庫
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