戯曲『サロメ』オスカー・ワイルド:平野啓一郎新訳版〜オペラ『サロメ』の原作紹介〜オペラの原作#01

戯曲『サロメ』のあらすじ
戯曲『サロメ』あらすじ
冒頭
物語は若いシリア人と、ヘロディアの近習(側近)の会話から始まります。
月明りの下、若いシリア人は宮殿にいるサロメを見つめ「なんという美しさなんだろう」とつぶやき、ヘロディアの近習は月を見上げ、「すごく異様な月だ」と感想を漏らします。
ここでヘロディアの近習は月を「墓から出てきた死んだ女みたい」と表現し、若いシリア人は「黄色いヴェールを纏った、銀の足の小さなお姫様、白い小鳩みたいな足のお姫様のようだ」と表現します。
その場面の中、第一の兵と第二の兵は、ユダヤ人たちが議論する宗教の話に「アホらしい」と感想を述べ、カッパドキア人とヌビア人たちは自分たちの国の宗教観や神々についての意見を交わします。
冒頭に、様々な人種が雑談を交わす場面を置くことで、この宮殿が東西世界の中継地点であり、国際的な要所であることを伝え、1幕物である『サロメ』に奥行きを与えています。
舞台の奥からヨカナーンの声が聞こえてきます。
その声を聞いた第二の兵は「あいつを黙らせろ」と言い、第一の兵は「馬鹿、あれは聖人だぞ」とたしなめます。カッパドキア人は兵に「あれは誰なんだ?」と訊ね、兵たちは「預言者だ」と答えます。
異母兄フィリポの妻であったヘロディアを二番目の妻に迎えたヘロデ王を強く非難したため、ヨカナーンは幽閉されており、地下に繋がれながらヘロデ王とヘロディアの不貞を糾弾する言葉を発していました。
戯曲『サロメ』あらすじ
サロメ登場
マカエルス要塞では各国から客を呼んで宴が開かれていました。
義父であるヘロデ王が向ける卑猥な視線、罵り合うエルサレムのユダヤ人たちの議論、世界の覇権を握っているローマ人たちの傲慢で粗暴な振舞い、それらに嫌気が差したサロメは新鮮な空気を求めて、宮殿から中庭へおりてきます。
そして月を見上げたサロメはこう言います。
月を見るのって、なんて素敵なの! まるで小さな銀貨みたい。小さな銀のお花って言うべきかしら。冷たくて、穢れのない月。……きっと、あの子は処女ね。処女の美しさよ。……そう、処女。決して穢れを知らない。他の女神たちみたいに、男のものになったことなんて、一度もないのよ。
オスカー・ワイルド『サロメ』 平野啓一郎訳
そこに、ヨカナーンの声が響きわたります。
サロメはその声の不思議な響きに興味を惹かれ、若いシリア人と兵たちに、「彼と話してみたい」と言います。
王からの厳命で、ヨカナーンと話すことは禁止されており、兵たちは困惑します。
わたしは彼と話がしたいの
無理でございます、サロメ様
わたしはしたいの
とにかく、王女さま、宴の席にお戻りになったほうがよろしいかと。
そこでサロメは、若いシリア人が自分に恋愛感情を抱いていることを利用して、ヨカナーンとの対面を果たすことに成功します。
ヘロディアの近習は「異様な月だ」とつぶやき、若いシリア人は「琥珀色をした瞳の小さなお姫様のような月だ」と言います。
サロメと対面したヨカナーンは、サロメの母ヘロディアを批難する言葉を投げつけます。
恐怖に引きつるサロメですが、その声と身体に惹かれてしまいます。
あの男は純潔よ、月と同じくらいに純潔。
近づくサロメに対して、ヨカナーンはきっぱりと拒絶します。
下がれ! バビロンの娘よ! 主に選ばれし者に近づくな。汝が母は、数々の悪業の酒を以てこの大地を満たした。その罪を訴える声は、神の御耳にも届いている。
オスカー・ワイルド『サロメ』 平野啓一郎訳
「バビロンの娘」は、黙示録十七章五節の「大バビロン、みだらな女(娼婦)たちや、地上の忌まわしい者たちの母」に由来しており、ヘロディアの遊蕩をバビロンに準え、その血を戒めています。
大淫婦バビロンやマザー・ハーロットの異称もある。
画:ウィリアム・ブレイク 出典:Wikimedia Commons
サロメは言います。
キスさせて、その唇に。
それに対してヨカナーンは、「呪われるがいい、近親相姦の母より生まれし娘よ」「私は汝を見ない」と宣言します。
若いシリア人は、ヨカナーンに魅了されていくサロメに耐えきれず、剣で自らを刺し貫きます。ヘロディアの近習は、目の前で自殺した親友(若いシリア人に恋愛感情をもっていた)に嘆き、叫びます。
戯曲『サロメ』あらすじ
王と妃が登場
サロメを探しに来たヘロデ王は月を見上げ「色情狂のようだ」と語り、ヘロディアは「月はただの月ですわ」と言います。
ヘロデ王は、サロメに視線を送るたびに、ヘロディアは「娘をご覧にならないで」とたしなめます。
どうしてもサロメの気を引きたい王は、お酒を勧めたり、果物を食べさせようとしたりするのですが、サロメは一切取り合おうとしません。
国の領土の半分をお前にやるからわしの前で踊ってくれ、と懇願するのですが、それにも興味を示さず、王が「何でも欲しいものをやる」と言い出したとき、初めてサロメは関心を示します。
なんでも欲しいものを……?
わたし、踊って差し上げますわ
サロメは七つのヴェールを使った踊りを披露します。その姿は妖艶でとても美しいものでした。

サロメの踊り。好色な王への踊りは、ストリップだったと解釈されることも多い。
The Life of Christ in Picture and Story(Louise Seymour Houghton,1890)より
感動した王は、約束を果たそうと、サロメに褒美は何が欲しいか訊ねます。
サロメは答えます。
わたしが望むものは、ヨカナーンの首
それを聞いたヘロデ王は取り乱します。あれは聖者だぞ? そんなことができるわけがない! きっと災いがおこるぞ!
ヨカナーンを捕らえたのはヘロデ王でしたが、ヨカナーンの預言者としての力を信じ、畏怖心をもっていたため「それだけはできない」とサロメの要求を断ります。
ですが、決して折れないサロメに負けて王は「これに望み通りのものを与えよ!」と命じ、椅子に身を沈み込ませます。
ナーマン(首切り役人)は、冷徹に任務を遂行し、ヨカナーンの首を銀の皿に載せてサロメのもとに運んできます。

サロメとヨカナーンの首を描いた、聖セヴェリン教会(フランス、パリ)のステンドグラス
サロメは銀の皿に載ったヨカナーンの首に、愛の告白をします。
どうしてわたしを見てくれなかったの、ヨカナーン?
サロメはヨカナーンに口づけをします。そしてその苦い味を噛み締めます。
ヘロデ王はヘロディアに「そなたの娘はばけものだ」と言い、こんなことをしてただですむわけがない、と怯え、兵たちに向かって「あの女(サロメ)を殺せ」と命じ、物語は幕を下ろします。
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