• HOME
  • バレエ
  • プレビュー:英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン『マノン』4月5日(金)~公開 英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24

プレビュー:英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン『マノン』4月5日(金)~公開 英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24

2024年4月5日(金)~4月11日(木) TOHOシネマズ 日本橋ほか1週間限定公開
『マノン』


初演から50年

今なお輝くドラマティック・バレエの傑作



格別な本家の『マノン』

© 2024 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

2月にパリ・オペラ座バレエ団が来日し、久しぶりに『マノン』の全幕が日本で上演されました。原作はアベ・プレヴォー作の18世紀フランスの小説、パリ・オペラ座バレエ団は、マノンとデ・グリューの純愛をキラキラした極上の恋愛劇として華麗に披露しました。

この作品は、英ロイヤル・バレエ団の振付家として20世紀後半にバレエ史に残る作品を多数生み出したケネス・マクミランが振り付けたものです。オペラよりもずっとリアリスティックに、当時の社会の底辺に暮らす美しい少女の恋愛と破滅を描いています。バレエでこそ実現できたそのドラマティックな表現に、多くのバレエ・ファンは魅了され続けています。

初演から50年経つ節目の今年、本家英ロイヤル・バレエ団が上演した今回の映像はとても貴重です。

当時の社会的弱者の人生を垣間見ることができる
奥深いストーリー

©2024 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

マノンは若くて美しい少女、でも上流階級ではなく社会の底辺で生きています。野心家の兄、レスコーは妹マノンを金持ちの愛人にしてなんとか成り上がろうと画策しています。そんな兄の思惑とは関係なく、マノンは地方の良家の子息、若くてまじめなデ・グリューと恋に落ちます。レスコーはマノンを大金持ちのムッシュGMの愛人にしようとします。結局最後には、レスコーは虫けらのようにムッシュGMに殺され、マノンは逮捕されてアメリカのニューオーリンズに追放され、夫と身分を偽って同行していたデ・グリューと沼地に逃げ込み、そこで死んでしまいます。

マノンとレスコー、そして彼らの周囲にいる人たちは貧しく、そして貧しいことを恥じ、知られるのを恐れています。当時の女性の立場の弱さを承知した上で、さらにマノンは自堕落で享楽的な一面があります。デ・グリューと愛し合っていながらムッシュGMから宝石をもらい浮かれるマノン、格差社会の底辺に属する者なら仕方がないのかもしれません。でもそれが自身を不幸へと導いてしまいます。

瞬時に物語の世界へ見る者を引き込む
演技力抜群なダンサーたち

英ロイヤル・バレエ団は演劇の国、イギリスにふさわしく、演技力に秀でたダンサーが揃っています。

今回マノンを演じるのはナタリア・オシポワ。ボリショイ・バレエから移籍してきた彼女は、もともととんでもなく身体能力が高く、ダンスで魅了する術に長けています。彼女のマノンは、自分のどうしようもない社会立場に抗っているかのような強さを垣間見せ、現代的です。デ・グリューにはシネマシーズンの全幕作品主役では初登場となるリース・クラークが演じています。長身でノーブルな理想の王子様キャラの彼は、一途にマノンを愛する清廉潔白な若者にぴったり。2022年にプリンシパルになって以来、さらに実力をつけており、彼はこの夏、「世界バレエフェスティバル」で来日します。

たくさんの見どころを見逃さない

絶対の注目はマノンとデ・グリューのパ・ド・ドゥです。第一幕の「出会いのパ・ド・ドゥ」ではまずデ・グリューの美しさに圧倒されます。そしてみるみる恋に落ちていく二人を表現するオシポワとクラーク、これからの展開を大いに期待させます。ガラ公演でよく踊られる「寝室のパ・ド・ドゥ」は、スピーディでクラークの高身長が生かされた高いリフトに目が奪われます。最後の「沼地のパ・ド・ドゥ」では空中2回転等、高難度な技が繰り出されるのですが、軽々とやってのけるパフォーマンスに目を奪われ圧巻です。

さらに主人公以外、レスコーと特にレスコーの愛人を演じているマヤラ・マグリが大袈裟にではなく抑えめではありますが、しっかりと魅了します。

第2幕、娼館でマノンが男たちの手から手へと渡されていく官能的なシーンもオシポワらしくダイナミックです。

オペラとは異なる音楽の魅力
退廃的で生々しい描写

プッチーニ作曲の『マノン・レスコー』、マスネの『マノン』のオペラも原作は同じです。バレエ『マノン』の音楽はマスネなのですが、オペラ『マノン』の音楽は全く使用せず、振付家のマクミランがマスネの作品から50作品ほど選んでバレエ用に繋いでいます。この音楽が実にストーリーとマッチしていて強く印象に残ります。第1幕「出会いのパ・ド・ドゥ」では『エレジー』、「寝室のパ・ド・ドゥ」ではオペラ『サンドリヨン』の「サンドリヨンの眠り」、第3幕「沼地のパ・ド・ドゥ」ではオラトリオ『聖処女(聖母マリア)』より「聖処女の法悦」というようにバレエ作品のために考え抜かれた音楽を再構築したことがわかります。音楽を楽しむという目的でも見る価値は十分にあります。

そしてそういったマスネの音楽に彩られ、生々しくて官能的、リアルな表現が繰り広げられます。バレエ作品としてもそれまでにはない性描写、最後の沼地で野垂れ死ぬところも「美しさ」とは異なる二人の最後の燃え上がる愛、などが実現しています。

破滅的なストーリー、絶妙に物語に寄り添う音楽、卓越した感情表現、物語を舞台上で見事に生きるダンサーたち、すベてが極上のドラマティック・バレエの傑作、ぜひご覧ください。


4月5日(金)~4月11日(木) TOHOシネマズ 日本橋ほか1週間限定公開
英国ロイヤル/オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24

『マノン』

開演
各劇場による

チケット料金
一般・シニア 3,700円
学生・小人  2,500円

詳しくは:東宝東和



エディター・ライター 出版社勤務を経てフリーランスのエディター、ライターとして活動中。 クラシック音楽、バレエ、ダンスを得意ジャンルとする。

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。