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レビュー:ハンブルク・バレエ団『ジョン・ノイマイヤーの世界』Edition 2023 2023年3月5日(日)

2023年3月5日(日)
ハンブルク・バレエ団

『ジョン・ノイマイヤーの世界』Edition 2023


カンパニー全員でノイマイヤーの軌跡をたどる
芸術性の高い崇高なバレエに圧倒される

ガラであると同時にダンスに身を捧げた自身の半生をたどる一つの作品に

『マーラー交響曲第3番』


2016年に『ジョン・ノイマイヤーの世界』は日本初演された。日本公演のために作られたガラということで楽しみに出かけたのだが、終わってみると会場中が大きなどよめきに包まれ、みな自然に立ち上がって夢中で拍手し続けたのだった。それは「ガラ」ではなく一つの作品として成立しており、深い感動を呼ぶ生涯忘れられない芸術体験となった。

「ガラ」というと有名な作品の一番の見どころが次々に繰り広げられることをイメージする。当然、男女二人によるパ・ド・ドゥが多くなり、プリンシパル級のダンサーたちによって踊られる。この『ジョン・ノイマイヤーの世界』はそういうガラとは異なっていた。2018年にも作品を一部入れ替えて上演、そして今回もまたリニューアルし、『シルヴィア』や『アンナ・カレーニナ』、ロックダウンの中で制作された『ゴースト・ライト』を入れて上演された。

『I Got Rhythm』

『ヴェニスに死す』


最初に「私の世界はダンス!」とノイマイヤーが語り、幼少期に聴いた『キャンディード序曲』『アイ・ガット・リズム』、バレエを始めた頃の喜びを思い出す『くるみ割り人形』、そしてクリエーションするようになってからのきら星のような作品たち、『ヴェニスに死す』『シルヴィア』『アンナ・カレーニナ』『椿姫』『クリスマス・オラトリオI-VI』、休憩をはさみ『ニジンスキー』『ゴースト・ライト』『作品100─モーリスのために』『マーラー交響曲第3番』と全12作品の抜粋(『作品100─モーリスのために』を除く)が上演された。

『アンナ・カレーニナ』

『ニジンスキー』

ノイマイヤー自身が時おり語り、あるいはステージに立ち、踊るダンサーを見つめて、自らの半生をたどり、かつ芸術家としての精神性を知らしめる流れになっている。

そして選ばれたのは、古典、原作のあるさまざまな愛の形を描いたドラマティック・バレエ、ストーリーのないシンフォニック・バレエの作品。彼がバレエを新しい次元へと切り開いてきた作品を目の当たりにするというもう一つの流れが作られている。

考え抜かれた見事な二重の構成で、バレエ史に残る傑作を数多く生み出したノイマイヤーにしかできない「ガラ」のように見せかけた一つの作品になっていたのだ。

ノイマイヤー作品をあまり経験していない人でもそのクオリティと説得力に圧倒され感動したに違いない。そして長年ノイマイヤー作品を愛し見続けてきたコアなファンも、またしてもただただ感動したのだった。

アリーナ・コジョカルとアレクサンドル・リアブコ

どの作品も瞬きするのも惜しいくらいの素晴らしいパフォーマンスの連続だったのだが、特にアリーナ・コジョカルとアレクサンドル・リアブコがずば抜けていた。

『椿姫』
アリーナ・コジョカル|ゲスト・ソリスト


コジョカルは『くるみ割り人形』のマリーと『椿姫』のマルグリットで出演。『くるみ』での可憐な少女マリーから一変、『椿姫』のマルグリットでアルマンのアレクサンドル・トルーシュと共に、悲しい終末を抱えながら幸せいっぱいの二人を踊った。

「幸せなのに悲しい」というあの憂いを含んだ、悲しみをたたえた笑顔は彼女にしか表現できない。トルーシュの安定したリフト、サポートがあるからこその至極の『椿姫』が可能となったのだと思う。グランド・バレエ『椿姫』の中の一つのパ・ド・ドゥなのだけれど作品の世界観が十分に広がり、客席には涙を拭う人がとても多かった。

『ゴースト・ライト』
アレクサンドル・リアブコ|スペシャル・アーティスト

アレクサンドル・リアブコは『ゴースト・ライト』と『作品100─モーリスのために』に出演。

『ゴースト・ライト』ではひっそりと灯るあかりの中、シルヴィア・アッツォーニと共に踊り、静謐な世界を作り出していた。このライトは、力強くはないけれどほのかにずっと照らし続け、ノイマイヤーの尽きることのないクリエーションへの意欲やダンスへの愛を感じさせて、とても静かな説得力を持つ印象的な作品だった。

『作品100─モーリスのために』

ノイマイヤーがモーリス・ベジャールの70歳の誕生日のお祝いに作った『作品100─モーリスのために』ではエドヴィン・レヴァツォフと組んで登場。サイモン&ガーファンクルの曲で踊られるのだが、どうしてもリアブコから目が離せない。
リアブコはノイマイヤーの思い描く世界を体現するダンサーとしてかけがえのない存在で、ノイマイヤーのスタイルを知り尽くしたノイマイヤー・ダンサーとしての矜持を感じさせた。

いろいろな人と組んでこの男性二人のパ・ド・ドゥを踊ってきたリアブコ、ノイマイヤーがベジャールに抱く敬愛の念と友情を、視線含め全身を使い空間を支配して表現し、共に踊るパートナーをもさらに引き上げ素晴らしく見せてくれる。短い小品ながらリアブコゆえにシンプルなメッセージがストレートに伝わり心に残った。

菅井円加はじめ若いダンサーの活躍

今回の来日は、ノイマイヤーがハンブルク・バレエ団の芸術監督として来日する最後の機会だった。

前回2018年の来日時での『ジョン・ノイマイヤーの世界』にて『クリスマス・オラトリオ』に出演したロイド・リギンズやイヴァン・ウルバンはステージに上がることはなかった。長年のファンは少し寂しい気持ちになったことだろう。

しかし、プリンシパルの菅井円加の健闘ぶりは明るい希望につながった。今回の来日公演では、菅井はもう一つの上演作品『シルヴィア』で4公演のうちの3公演に出演。もちろん主役のシルヴィアで、日本公演で主役を踊るのは初めてのこと。

『ジョン・ノイマイヤーの世界』でも4作品に登場して大活躍。日本ではゲストとしてさまざまなガラ公演に出演しているが、やはり自分のカンパニーで踊る姿を日本の観客にお披露目するのは誇らしかったに違いない。

『シルヴィア』

『ゴースト・ライト』『マーラー交響曲第3番』


彼女のほかにも、『アイ・ガット・リズム』に出演したイダ・プレトリウス(全幕の『シルヴィア』では主役シルヴィアで出演)、『アンナ・カレーニナ』ヴロンスキー役のエドヴィン・レヴァツォフ、『ニジンスキー』ニジンスキー役のアレイズ・マルティネス、『椿姫』アルマン役のアレクサンドル・トルーシュなどが目をひいた。

これから新しい芸術監督を迎え、ハンブルク・バレエ団はどのように変わっていくのか。ノイマイヤーは、創作活動は続けると来日記者会見にて語っていたのでハンブルク・バレエ団に新作が提供されるのだろうか。

今回のパフォーマンスは、ノイマイヤーという稀有な芸術家と同時代に生きることの幸せと、カンパニーの未来に大きな期待を抱かせる、素晴らしい公演となった。

Photo: Shoko Matsuhashi


公演レビュー


エディター・ライター 出版社勤務を経てフリーランスのエディター、ライターとして活動中。 クラシック音楽、バレエ、ダンスを得意ジャンルとする。

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