原田ひ香『三人屋』× ベートーヴェン『運命』 小説を彩るクラシック#5
原田ひ香『三人屋』
子どもの頃からヴァイオリンを学び、小学校時代から大学生までオーケストラに所属していたという原田ひ香。父親は大学で建築を教え、妹はデザイナーという芸術に明るい家庭で育ったそうです。
「本ばかり読んでいないで勉強しなさい」と怒られるほど大の読書好きだった学生時代を過ごした原田ひ香が、本格的に文章を書き出すのは、会社勤務を経て結婚をした後から。
「シナリオを書こう」そう決意して脚本の勉強を始め、シナリオライターのコンペティションに応募します。
そして努力が実を結び、2006年にNHK創作ラジオドラマ脚本懸賞公募(現在の創作ラジオドラマ大賞)に『リトルプリンセス2号』で最優秀作受賞。
その後は小説へフィールドを移し、『はじまらないティータイム』で第31回すばる文学賞を受賞。
シナリオライター時代に培ったエンタメ性と、深い教養に裏打ちされた文学性で、現在は原田ひ香にしか書けない物語を次々と生み出し続けています。
『三人屋』
仲の悪い三姉妹が継ぐ、愛する亡き父の店、通称“三人屋”。彼女たちの物語に一つの交響曲が深く関わります。
エンターテイメント小説でありながら、それぞれのキャラクターの苦悩や絶望が顔を覗かせて、文学的な読みごたえも抜群の作品です。
ストーリー
年配層が多く暮らすラプンツェル商店街に、「ル・ルージュ」という飲食店があります。
元は喫茶店だった「ル・ルージュ」ですが、先代が他界したことをきっかけに、娘たち三姉妹がお店を引き継ぐことになりました。ただ、その引き継ぎ方というのが一風変わっています。
朝は三女、朝日の喫茶店。昼は次女、まひるの讃岐うどん屋。夜は長女、夜月のスナック、と時間帯で業態が変わるというもの。そのことから町の人たちからは、「三人屋」と呼ばれています。
物語は、この「三人屋」と、商店街の仲間たちを中心に起こっていきます。一見ほのぼのした物語のように思えるのですが、亡き父を巡って物語は思いもよらない方向に動き出します。
ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 交響曲第五番『運命』
おそらく、クラシック音楽の楽曲の中でトップクラスの知名度を誇るのが、ベートーヴェンの『運命』でしょう。「このように運命は扉を叩く」と形容した曲冒頭の四音は誰もが耳にしたことがあると思います。
『三人屋』の三姉妹たちは、ラジオや喫茶店でこの有名曲が流れると、すべての動作を止めて『運命』に聴き入ります。その「聴き入り方」には鬼気迫るものがあり、読者は一瞬置いていかれることになります。
このことには、三姉妹の父親が、あるオーケストラでフルートを吹いていたことが関係するようです。
その実力は、20世紀最大のフルート奏者ジャン=ピエール・ランパルもレッスンで「ファンタスティック」と称賛したほどと描かれ、かなりのものであったことが伺えます。
そんな父親がなぜ喫茶店を開くことになったのか?なぜ三姉妹はベートーヴェンの『運命』が流れるたびに戦慄が走るのか?
三姉妹たちはそれぞれのやり方で、自分のこと、家族のこと、お店のことに立ち向かっていきます。
ストーリーはもちろんのこと、三姉妹の提供するそれぞれの料理がとても魅力的です。
決して凝った料理が出てくるわけではないのですが(トースト、うどん、炊き立てのご飯etc……)、その人が作らないと、決してその人の味にならないという、まるで芸術の比喩のような場面がこの小説の精神性を表しているかのようです。
さあ、小さな商店街の、三姉妹と父の残したお店の「運命」はどうなるのでしょう?
素敵な小説ですので、気になる方は是非読んでみてください。
参考文献
原田ひ香(2018)『三人屋』実業之日本社文庫
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