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トールマン・カポーティ『カメレオンのための音楽』×モーツァルト『ピアノソナタ』 小説を彩るクラシック#6

トルーマン・カポーティ
『カメレオンのための音楽』

天才───この言葉がこれほど似合う作家は他にはいないのではないでしょうか?

文章は繊細で美しく、テーマは斬新で、ときに奇抜。私生活での振舞いはエキセントリックでスキャンダラス。傲慢で、自信家で、精神的に脆い───。

Truman Capote 1924 18歳で文章を書き始め、クラシック音楽を習う子どもたちが日に4時間、5時間とピアノやヴァイオリンに向き合うように、カポーティは紙とペンで文学の「修行」をしました。
17歳になるとすでに「自分は作家だ」という確信を持ち(ピアニストだとしたら、最初のコンサートを開く時期。だから本を出版するのは当然だ、と語っています)、主流の文芸誌に作品を投稿。

≪ニューヨーカー≫、≪ストーリー≫、≪ハーパーズ・バザー≫等の一流雑誌社に送った原稿はすべて活字になったというから驚くべき神童ぶりです。
デビュー作『ミリアム』でO・ヘンリー賞を受賞し、「アンファン・テリブル(恐るべきこども)」と評され、続く『遠い声 遠い部屋』はベストセラーに。一躍スター作家になります。

Breakfast at Tiffany's (1961 poster)快進撃はとどまることなく、『ティファニーで朝食を』は映画化もされ大ヒット。ここで作家カポーティの都会的で繊細な文章スタイルは確立されたといえるでしょう。

この後も、野心的で自分の才能を誰よりも信じていたカポーティは「まだこれよりも先の段階がある」と感じ、ジャーナリズムとフィクションの融合的な作品に着手します。
後に“ノンフィクション・ノヴェル”と呼ばれることになる『冷血』を発表。作家としての一つの頂点を極めました。

カメレオンのための音楽』は、『冷血』から、遺作で未完の『叶えられた祈り』の間に書かれた短編集です。

「私は今、この私自身の暗黒の狂気のただなかにいる」
『カメレオンのための音楽』を発表した時期のカポーティは苦しんでいました。この作品には次の領域に進んでいこうともがく試行錯誤が見て取れます。

『カメレオンのための音楽』

フィクションともノンフィクションともいえないような新しいスタイルを切り開こうとしている意欲的(実験的)な作品です。スワンの水面下の水かきのような、天才作家の矜持を感じさせる作品でもあります。

あらすじ 空想と現実の境界で、エキゾチックな幻想を描く

カリブ海に浮かぶフランス領のマルティニーク島。主人公は、貴族の老婦人の住まいを訪ねます。
婦人はカメレオンを飼っており、「ご存じ? カメレオンて、音楽が大好きなんですよ」と、エキゾチックな瞳で主人公に語ります。

Martinique in France 2016 Martinique-Map

二人はアブサン(度数の高い薬草酒。ゴッホなどの芸術家を魅了したという)を飲み、マルティニークの土地の話や、土地に住む人々の話をします。
会話の途中、主人公は婦人が所有する黒鏡に気づきます。その元の持ち主はゴーギャン。どこか妖しく鈍いきらめきを放つ黒鏡に主人公は引き込まれます。

会話の流れで、「旅行好きのあなたがこのマルティニークに来たことがないなんて信じられない」と言われた主人公は「親友がこの島で殺されたから気が進まなかった」と婦人に告げます。
その親友というのが、ミュージカル『ゆりかごは揺れる』の脚本、作曲で知られる音楽家マーク・ブリッツスタインです。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト『ピアノ・ソナタ』

物語の中で、老婦人は暗い客間で、モーツァルトのピアノ・ソナタを弾き始めます。
すると、ソナタの音色に誘われるように1ダースをこえるカメレオンが客間に入っていき、モーツァルトの調べにうっとりと聴き惚れます。演奏を止めれば、カメレオンたちは興味をなくしたように去っていきます。

なんとも不思議なこの場面をカポーティは感情を込めずに、いくぶん不気味なトーンで描いています。
その後二人は、「幽霊について」、「島にどうして蚊がいないのか?」、「マルティニーク島で行われるカーニヴァル」、「高級ホテルの品評」など、アブサンの杯を重ねながら優雅に語り合います。

物語の後半で、婦人は、マーク・ブリッツスタインが訪ねてきた晩のことを主人公に話します。
一緒に、夕食をしたこと。ドイツの曲を弾いてもらったこと……。

ただ、婦人が思い出せないのは
「ブリッツスタインがどうして亡くなったのか?」

主人公は、黒鏡に目を落としながら語ります。
「停泊中のポルトガル船員二人に殺された」
「悲惨な事故だった」と。
手に持った黒鏡が嘲笑うように語りかけます。
『何で言わないんだ、事故なんぞじゃなかったと』

婦人は再び、暗い客間でピアノを響かせます。そして、当然のように寄ってくる赤、緑、紫のカメレオンたち。それはまるで、「手書きのお玉杓子そっくり、モーツァルトのモザイク模様」のように見えます。

このように、ミステリアスな余韻を持ちながら物語は幕を下ろします。

マーク・ブリッツスタインがマルティニーク島に訪れていたのは、オペラ『サッコとヴァンゼッティ』に取り組んでいたときでした。
この歴史的事実と、虚構を混ぜ合わせて、カポーティは「別な現実」を生み出しているように感じます。

赤、緑、紫のカメレオン、アブサンの緑、黒いゴーギャンの鏡、暗い客間、鍵盤の白黒に、非現実的に優雅な会話。
そしてモーツァルトのピアノ・ソナタ。

これらの視覚的イメージと、会話、ピアノの聴覚的イメージが結びつき、「カメレオンが音楽を聴く」という本当とも嘘ともつかないフィクショナルな事柄を描き、カポーティは新たな現実を創出しています。

そのほとんどが明るい調性で書かれたモーツァルトのピアノ・ソナタを、暗い客間で弾く老婦人、そこに集まる色とりどりのカメレオンたち。
そこに「心的描写」や「説明」のようなものはなく、イメージのコントラストをそのまま提示しようとしているように思えます。

物語を「語る」だけではなく、「観て、聴ける」ように書く。

湯水が湧いてくるように文書を書いていたカポーティが、その手法を更新させ次のステージへ踏み出そうとしていた時期に書いたのがこの『カメレオンのための音楽』です。
興味があるかたはぜひ読んでみてください。


参考文献
トルーマン・カポーティ(2002年)『カメレオンのための音楽』野坂昭如訳 ハヤカワepi文庫


小説を彩るクラシック


1982年、福島県生まれ。音楽、文学ライター。 十代から音楽活動を始め、クラシック、ジャズ、ロックを愛聴する。 杉並区在住。東京ヤクルトスワローズが好き。

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