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『展覧会の絵』って絵?音楽?現代に受け継がれる印象派音楽家ムソルグスキーの名曲を聴いてみよう

みなさんは『展覧会の絵』ってご存じでしょうか?

『展覧会の絵』は元々は、モデスト・ムソルグスキーという音楽家のピアノ組曲のタイトルです。絵画作品ではありません。

モーリス・ラヴェルによるオーケストラ版の知名度が高く、高らかなトランペットで始まる『プロムナード』、あるいは壮大な盛り上がりを見せる最終曲『キエフの大門』は、誰もがどこかで聴いたことがあるのではないかと思います。中学の音楽の授業で扱われることもありますが、覚えているでしょうか。

1970年代には、イギリスのプログレッシブロックグループ、エマーソン・レイク&パーマーの演奏したロックバージョンや、冨田勲によるシンセサイザーバージョンも大ヒットしています。その他にも現代ポップカルチャーへの直接的な影響がとても多くみられる曲です。

ムソルグスキーと制作者の名前を言われても、知らない方も多いと思います。
今回は、ロシアのクラシック音楽家ムソルグスキーが、友人の画家ヴィクトル・ハルトマン(ガルトマン)の絵にインスパイアを受けて作曲した、ピアノ組曲『展覧会の絵』にまつわる話をお伝えします。
この曲の影響で、ハルトマンの絵画も現代に残る作品になっています。

目次

1『展覧会の絵』と絵画

1.1
『展覧会の絵』という絵は、一枚じゃない!?

『展覧会の絵』は、ムソルグスキーが親友の画家ハルトマンの死を追悼した遺作展の絵からインスパイアされて作ったピアノ組曲です。
つまり、ある一枚の絵が「展覧会の絵」というわけではなく、その時飾られていた400枚にも登る沢山の絵、もしくは曲のモチーフになった選りすぐりのいくつかの絵が「展覧会の絵」なのです。

1.2
ピアノ組曲『展覧会の絵』は、どの絵にインスパイアされたか、一部しか特定されていません。

ハルトマンの遺作展には、およそ400点に及ぶ絵が展示されていました。

ピアノ組曲『展覧会の絵』は、展覧会を歩くプロムナード(散歩)が5(+1)曲と、それぞれに絵をモチーフにしたタイトルを持つ10曲で構成されています。ですが実は、どの絵にインスパイアされたか、完全には分かっていません。

遺作展のカタログとムソルグスキーが残したカタログ番号のメモから何枚かは特定されているのですが、残りは恐らくこれではないか、という予想にとどまっています。同じテーマで二枚以上の絵が候補に挙がったり、遺作展後に誰かが購入した以降行方不明になってしまった絵も多く、確定できていないのです。また、特定できたうちの1枚については遺失してしまっているものもあります。

2『展覧会の絵』のモチーフとなった絵と音楽を紹介

ここまで知ってしまうと、実際の絵と音楽を併せて鑑賞してみたくなってしまいますよね。
組曲の初めから、音楽を聴きつつ順番に見てみましょう。もしかすると、ムソルグスキーが展覧会で見ていった順番なのかもしれません。

曲の紹介は、ピアノ版よりもよく聴かれるオーケストラ版を中心に解説していきます。

ラヴェル編曲によるオーケストラ版
ピアノ版


『展覧会の絵』の曲構成

・第一プロムナード

トランペットが高らかに奏でる、ファンファーレのような華やかなプロムナードです。
プロムナードはフランス語で「散歩」や「遊歩道」という意味で、この曲では展覧会を歩いて巡ることのイメージで、絵と絵の間の移動のテーマになっています。
この先のプロムナードはどれも同じメロディを、色んなアレンジで奏でていきます。

・こびと

地下に棲んでいる、あるいは『小人の靴屋さん』などの童話に出てくる小人、グノームの絵をイメージした曲です。日本だと英語読みの「ノーム」の名で引用されることが多いです。
グノームのおもちゃを描いた絵が残っていますが、これが直接の元ネタなのかはわかっていません。

・第二プロムナード

第一と違ってチェロの、低く落ち着いた音で始まる第二プロムナードは、同じメロディなのにとても落ち着く雰囲気になっています。

・古城

この曲の絵も特定されておらず、これではないかと挙がる絵も決まりきってはいないようです。さびれた城を思わせる、もの寂しくも抒情溢れる曲調は、第二プロムナードからのパスを受けてすっと心に入っていくようです。

・第三プロムナード

今度は軽やかに明るいバイオリンが出だしを担当し、古城の雰囲気を一気に変えます。

・テュイルリーの庭
– 遊びの後の子供たちの口げんか

なんとこの曲の元になった絵は、特定されているのですが、遺失して現存していないと判明しています。残念……
テュイルリーはかつてパリにあった宮殿です。
華やかなパリの宮殿の庭で、子供たちがじゃれあっている様子のような、可愛らしい曲です

・ビドロ(牛車)

牛車といっても、日本のやんごとなき方が乗った雅な乗り物ではありません。
重い荷物の運搬や農作業に使う泥臭い物だったと思われます。
実はこの曲のオリジナルの楽譜には、タイトルをナイフで削って修正した跡が残っていました。
また、このビドロという言葉は「家畜のように使われている人々」、今でいう”社畜”のような比喩に使われたようなのです。
ですから、文字通りの牛車の絵ではなく、重労働に苦しめられている人々の絵だったのでは、とも言われています。

・第四プロムナード

またバイオリンが出だしを奏でますが、物悲しく静かな、前の曲の重苦しさを引きずったようなアレンジです。ですが、最後にちょろりと、子供がのぞき込むように明るい兆しになります。

・卵の殻を付けた雛の踊り

Hartmann Chicks sketch for Trilby ballet

こちらは元の絵が確定されています。……なんだかシュール。これは、バレエの子役の衣装のようです。子供らしいよちよちした動きで踊っている可愛いイメージが浮かびます。でも、鳥の顔の造形がリアルで怖いかも?

・サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ

The Rich JewThe Poor Jew


この曲も元の絵が確定しています。一枚目の裕福なユダヤ人と、二枚目の貧しいユダヤ人を描いた絵がモチーフです。堂々とした弦楽器と、怯えたような金管楽器の対比が、二人を対照的に描いているかのようですね。

・第五プロムナード

三度目のバイオリンから入るプロムナードで、今度も前二つと打って変わって、力強く華やかで優雅な雰囲気になっています。演奏ではたまに省略されてしまうことがあります。

・リモージュの市場

フランス国土の真ん中近く、陶磁器で有名な街がリモージュです。活気があって、賑やかで忙しい様子が音楽に現れているような、子気味の良い曲です。

・カタコンベ

Hartmann Paris Catacombs

街の賑わいが一転、ズーンと重く暗く荘厳、そして恐ろしい雰囲気になります。
これも元の絵が特定されていて、ランプの頼りない明りに照らされた影だけの男と、石柱の横に積み重ねられた髑髏が不気味な雰囲気を醸しています。
カタコンベはローマ時代の地下墓地のこと。埋葬された死者たちが眠る、暗い死のイメージがあるモチーフです。

・死せる言葉による死者への呼びかけ

短調で物悲しく、静かなアレンジの、実質の第六プロムナードです。
タイトルがついているのですが、楽譜ではカタコンベの後半という扱いになっているので、これをカタコンベの一部とするのか、別の曲として数えるかどうかが分かれるため、間奏が5曲とされたり6曲とされたりする原因になっています。
死者の安らぎを祈っているのか、重々しい序盤から、静謐で美しい後半へと切り替わっていきます。

・バーバヤーガの小屋(鶏の足の上に建つ小屋)

Izbushka2

急に大きな重低音に揺さぶられ、高音も悲鳴のように鋭い、緊張を煽るような曲になります。
バーバヤーガはロシアの伝説のなかに登場する魔女で、鶏の足が生えた家に住み、子供をさらって食べてしまう、日本の山姥などに似た言い伝えがあります。
そんな恐ろしい存在のテーマなのですが、元になった絵は意外と大人しいです。
どうやらこれは、バーバヤーガの小屋を模した時計のデザインスケッチのようです。これをもとに商品を作れてしまいそうな精巧な絵です。

・キエフの大門(キーウの大門)

Hartmann -- Plan for a City Gate


最後の曲は、とても雄大で華やか、何かをお祝いするように弦と菅がともに目一杯奏でる曲です。
「キエフの大門」は意訳で、原題タイトルを直訳すると「ボガトィーリの門」。
ボガトィーリというのはモンゴル帝国などと戦ったロシアの英雄たちのことです。日本で武士が妖怪退治をした逸話があるように、彼らがドラゴン退治をした逸話も残っています。
英語では”The Heroes’ Gate”と訳されることもあり、英雄と結び付けた扱いがされることもあります。

Dobrynya Nikitich rescues Zabava from the Gorynych, 1941

ボガトィーリ、ドブルイニャ・ニキーティチの竜退治

この曲の元になった絵もバーバヤーガの小屋と同じく、正面から描いた大人しい絵なのですが、これは当時はロシア帝国下、現ウクライナの首都キーウ(キエフ)に建築予定だった凱旋門の、デザインコンペに出したスケッチのようです。
画家であると同時に建築家でもあったハルトマンの目標だったのかもしれません。
残念ながら実現されることはありませんでしたが、もしこのスケッチをもとに建設が行われていたら、この曲のような荘厳で雄大な門が出来上がったのでしょうか。

2022年現在、ロシアのウクライナ侵攻に伴って、これまでロシア語由来の「キエフ」の発音・表記を行ってきた日本では、ウクライナへの敬意のためにウクライナ語に寄せた「キーウ」を用いようという運びがあります。
クラシックに馴染みある人には、「キエフといえば大門」というくらいよく知られている曲なので、この曲のタイトルもキーウの大門とすべきだろうか、急に変わると戸惑うかも、などと話題を呼んでいます。ムソルグスキーがロシア人であることから、ムソルグスキーを尊重する意味ではこの曲はキエフのままでいいのでは?とも言われています。

楽曲の「展覧会の絵」が有名になったことで、ハルトマンの絵も伴って振り返られるようになっています。画壇で活躍した芸術家のそれに比べると地味に思えますが、生活や仕事にも結びついた絵からは、当時の文化なども見えてきそうですね。

※絵画の画像はこびと以外Wikimedia Commonsより引用


次のページ:『展覧会の絵』を巡る歴史の話|ムソログスキーとハルトマンについて

オペラハーツの編集とライターを兼任。 小中でピアノ教室に通い、中高では吹奏楽部で打楽器を担当した程度の演奏経験。 クラシック以外にロック、EDM、ボカロ、ゲーム音楽なども好んで聴く。

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