ドラマティック・バレエの傑作『マノン』見どころや楽しみ方とは
3 第2章 オペラ作品のバレエ化
バレエ『マノン』の原作は、18世紀に発表されたアベ・プレヴォの長編小説『マノン・レスコー』です。
マクミランがバレエ化する以前に、マスネやプッチーニによるオペラ化や映画化がおこなわれていました。
オペラや映画版「マノン」を観ていたマクミランは、当時芸術監督を務めていた英国ロイヤル・バレエ団の大規模な作品のひとつとして「マノン」を取り上げることを決めました。
マスネによるオペラ「マノン」が彼の代表作として有名であったため、オペラの楽曲は使わず、オペラ以外のマスネの楽曲を編曲して使用しています。そうすることで「セリフのないオペラ」に見えることを避けたといわれています。
そして、ステップ一つひとつに心情・セリフを込め、たとえセリフがなくても感情やストーリーが伝わる「バレエならではの表現」を盛り込んだのです。セリフがないからこそ“解釈の幅”が生まれ、観客の心に深く突き刺さる作品となりました。
3.1 バレエ『マノン』のあらすじ
バレエ『マノン』は全3幕の作品です。
第1幕1場は、パリ近郊の宿の中庭が舞台。修道院に入る予定の美少女マノンは、兄レスコーと待ち合わせをしています。そこには、お金持ちのムッシュG・Mや若き神学生 デ・グリュー、高級娼婦、浮浪児など、さまざまな身分の人々であふれています。
マノンを気に入ったムッシュG・Mは、兄にマノンの身請け話を持ちかけ、兄もこれを了承。しかし、マノンはデ・グリューと恋に落ち、駆け落ちしてしまうのでした。
宿で愛を確かめ合うマノンとデ・グリュー。デ・グリューが留守にしている間にレスコーとムッシュG・Mがやってきて、豪華な毛皮や宝石を使ってマノンを愛人にしようとします。富に目がくらんだマノンは、ムッシュG・Mの提案を受け入れ、宿をあとにするのでした。
デ・グリューが宿に戻るとマノンの姿はありませんでした。レスコーに状況を説明され、マノンがムッシュG・Mの愛人となったことを苦々しく受け入れました。
場面は変わってムッシュG・Mの宴の場。毛皮や宝飾品できれいに着飾ったマノンとデ・グリューが再び出会います。
マノンへの気持ちをあきらめきれないデ・グリューは、マノンに逃げようと説得しますが、富と愛に揺れるマノンは、両方を手に入れようと、デ・グリューにいかさまのカードゲームを提案。ムッシュG・Mの財産を巻き上げ、デ・グリューと逃げようと考えたのです。
しかし、いかさまは失敗に終わってしまい、マノンとデ・グリューは慌てて逃げ出します。
デ・グリューの宿で、再びマノンとデ・グリューは愛を確かめ合います。幸せな瞬間もつかの間、警察を引き連れたムッシュG・Mとレスコーが到着し、レスコーはもみ合いの末に射殺され、マノンもアメリカへの流刑が決まりました。
フランスからの囚人が到着するアメリカ・ニューオリンズの港。短い髪に痩せこけた身体を持つ女性囚人であふれています。マノンも、夫と偽って同伴してきたデ・グリューとともにニューオリンズに到着しました。
みすぼらしい姿になったにもかかわらず、マノンは看守の目を引きます。看守は、マノンを逮捕し、自室でマノンを自分のものにしようとします。
マノンを追ってきたデ・グリューは、看守の行動を見て激高し、ついに看守を殺害してしまいました。
逃亡の末、マノンとデ・グリューがたどり着いたのは、ルイジアナの沼地。逃亡の日々に疲れたマノンはさらに痩せ細って、もはや歩くこともままなりません。最後は、愛するデ・グリューの腕の中で息を引き取るのでした。
3.2 マノンの生きた時代
『マノン』の舞台は18世紀のフランスです。
当時のフランスの退廃的な雰囲気が『マノン』にも如実に表れています。
たとえば第1幕第1場には、ムッシュG・Mやマノンを引き連れてきた老紳士のようなお金持ち、つまり上流階級の人々も登場する一方で、高級娼婦や盗みを働く浮浪児も登場します。
マノンがデ・グリューに未練を残しながらもムッシュG・Mの誘いを断れないのは、「上流階級の仲間入りをして良い暮らしをしたい」「貧しい暮らしは嫌」という“成り上がりの意識”が強かったからでしょう。
また、第3幕でマノンが送られる流刑地、アメリカ・ニューオリンズは18世紀フランスの植民地でした。18世紀は開拓真っ只中。まだまだ未開の地であったニューオリンズに送られることは、それだけ重い罰だったのです。
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