小説『鼻』ニコライ・ゴーゴリ:〜オペラ『鼻』の原作紹介〜オペラの原作#02
著者:ニコライ・ゴーゴリ
ニコライ・ゴーゴリの概略
出典:Wikimedia Commons
ニコライ・ゴーゴリ[1809〜1852]
ゴーゴリはロシアの小説家、劇作家で、ロシア写実主義文学の創始者の一人といわれています。地方に生活する地主たちの日常や、下層階級に生きる人々を鋭い風刺やユーモアをもって描き、その独自の文体、作風は「涙を通しての笑い」と呼ばれました。
ドストエフスキーやブルガーコフ、日本では芥川龍之介など多くの作家に影響を与えました。
ペテルブルグもの「鼻」に関するエピソード
1828年、ゴーゴリは大いなる野心をもってロシアの都ペテルブルグに乗り込みます。彼は叙事詩『ガンツ・キューヘリガルテン』を自費出版し、ロシアの文壇に打って出ようとするのですが、世間の反応は冷ややかでした。ゴーゴリは売れ残った詩集を自ら回収し、焼却することになります。
その後は役者になろうとするも、挫折。やむなくゴーゴリは下級官吏の仕事に就くことになります。
貧しく苦しい官吏時代でしたが、このとき書いた作品がのちに「ペテルブルグもの」と呼ばれる官吏小説として結実します。
『ネフスキー大通り』、『狂人日記』、『鼻』がその代表といわれる作品で、ゴーゴリの作品史上最も幻想性の高い作品群と呼ばれています。
心を躍らせて華の都ペテルブルグにやってきたゴーゴリは、都会の現実と幻滅を味わい、それを原動力にして自らの空想を作品に活かしたのかもしれません。
不条理劇と関連作品
「不条理」をテーマに描いた作家は、『異邦人』『ペスト』を書いたアルベール・カミュ、『城』『審判』『変身』を書いたフランツ・カフカ、不条理劇の代表作『ゴドーを待ちながら』を書いたサミュエル・ベケットなどが有名ですね。
芥川龍之介『鼻』
『鼻』と聞くと我々日本人は大正時代の文豪である芥川龍之介の『鼻』を思い浮かべてしまいます。芥川の『鼻』は、ある僧が自分の大きすぎる鼻をコンプレックスに感じ、弟子の協力によって鼻を小さくすることに成功します。願いは叶ったのですが、なぜか他人は僧の顔を見て笑います。人から嘲笑されることが我慢できずに小さくしたはずなのに……悩んだ僧は熱を出して寝込んでしまいます。そして目を覚ますと鼻は元通りの大きさに。僧は安堵します。
ゴーゴリの『鼻』と違って、鼻が逃げ出すことはありませんが、どちらの作品も鼻の「分裂(肉体的、精神的)」が描かれていて、どこか滑稽で、不条理なものとなっています。
芥川作の『芋粥』がゴーゴリの代表作『外套』のオマージュと呼べるような作品ですので、どこかに影響があったのかもしれません。
絵本『コワフの消えた鼻』『NHKにんぎょうげき はな』
牧野良幸の絵本『コワフの消えた鼻』はゴーゴリ『鼻』をモチーフに創作されています。
こちらの絵本は、人にいばってばかりの市長コワフが改心するという勧善懲悪もので、クロワッサンの中から鼻が飛び出してきたり、鼻が自分自身よりも紳士然としていたり、設定はゴーゴリ原作の通りなのですが、子ども用にアレンジされていて楽しめます。
市民の人気者になった鼻が選挙の候補に選ばれるところ(市長自身は市民に人気がありません)など、痛快なストーリーは絵本ならでは。
鼻、鼻、鼻、リアルな画風と色彩で子どもたちはびっくりしてしまうのでは? とも思うのですが、瑞々しい感性をもった子どもたちには不条理なものでも「すとん」と腑に落ちるのかもしれませんね。
また、NHK教育で『鼻』を人形劇にアレンジしており、その人形劇を絵本にしたものもあります。
鼻が無くなっちゃうお話の人形劇、私も観た記憶があります。絵本版の情報がありましたが、お探しの人形劇がこれだとすると、やはりゴーゴリの「鼻」が原作だったのではないでしょうか。 https://t.co/vwC0eKU39P pic.twitter.com/8LrRGb7YJT
— あさやん (@asa_yang) March 6, 2018
漫画『ボボボーボ・ボーボボ』
直接的な関連はないのですが、身近な例では、漫画にも「不条理」と呼べるような作品がたくさんありますね。
赤塚不二夫の『天才バカボン』や、吉田戦車の『伝染(うつ)るんです』、うすた京介『セクシーコマンドー外伝 すごいよ‼マサルさん』、澤井啓夫『ボボボーボ・ボーボボ』など、理屈を飛び越えて描かれるギャグは「シュール」と呼ばれ、一世を風靡しました。
『天才バカボン』
なかでも鼻ネタが共通する『ボボボーボ・ボーボボ』のキャッチフレーズおよびコンセプトは「不条理ギャグバトル漫画」
マルハーゲ帝国に支配された西暦300X年の未来の地球を舞台に、人類の髪の毛の自由と平和を守るため、主人公ボボボーボ・ボーボボが鼻毛真拳を駆使して戦います。ナンセンスな言語感覚とぶっ飛んだストーリーで漫画界に新風を巻き起こしました。
『ボボボーボ・ボーボボ』
映画『皆殺しの天使』
オペラの世界では、シュルレアリスム映画界の鬼才ルイス・ブニュエルの『皆殺しの天使』が、トーマス・アデスの手によりオペラ化され、2018年にMETで上演されました。
『皆殺しの天使』は、夜会のあとになぜか部屋から出られなくなってしまう上流階級の混乱を描いた作品で、1962年に開催された第15回カンヌ国際映画祭で上映され、国際映画批評家連盟賞を受賞しました。
「不条理」というと難解で取っつきにくい印象がありますが、頭ですべてを理解しようとせずに、感覚的に作品に触れるだけでも、きっと心が豊かになれると思います。
不条理に限らないところで、ゴーゴリの小説を元にした映画には、『外套』『隊長ブーリバ』『血ぬられた墓標』(原作小説は『妖女(ヴィイ)』)などがあります。
また、ゴーゴリ本人を霊能力者のヒーローとして描いた『魔界探偵ゴーゴリ』という三部作映画もあり、劇中には”鼻のない男”がちらっと登場する場面もあります。
参考文献
ニコライ・ゴーゴリ(2006年)『鼻/外套/査察官』浦雅春訳 光文社古典新訳文庫
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