戯曲『サロメ』オスカー・ワイルド:平野啓一郎新訳版〜オペラ『サロメ』の原作紹介〜オペラの原作#01

著者:オスカー・ワイルド
オスカー・ワイルドの概略
オスカー・ワイルドは1854年アイルランドの首都ダブリンに生まれます。厳格な医師の父と、詩人の母をもつワイルドは、少年時代に高等な教育を与えられますが孤独な少年でした。
神童として名を馳せたワイルドは、とくに古典語に卓越な能力を身につけ在籍していたポートラ王立学校では最高の賞である「古典語奨学賞ポートラ金賞」を授かります。
その後は、ダブリン大学トリニティ・カレッジに入学、この学校でワイルドは唯美主義芸術への趣向を育み、次に進んだオックスフォード大学では、ローマ・カトリック、同性愛という2つの禁制からの誘惑と抵抗との間で揺れ動きます。
「私のこころの歪みの多くは私がカトリックになることを父が許してくれなかったという事実に由来する」
ワイルドは死の3週間前に「デイリー・クロニクル」の記者にそう語ります。父の禁制による心身の圧迫から逃れるようにワイルドは、「退廃」や「耽美」の方向へ自らの芸術を進めていきます。
オスカー・ワイルドの代表作品
1887年「ウーマンズ・ワールド」の編集人となったワイルドは、自ら同誌に書評を掲載、傍らで第1童話集『幸福な王子他四編』を刊行します。
翌年には『ペン・鉛筆・毒薬』、『虚言の衰退』、『W.H.氏の肖像』といった批評の問題作を次々に発表、1890年には唯一の長編小説である『ドリアン・グレイの肖像』を雑誌掲載します。
道徳的崩壊を描いた代表作『ドリアン・グレイの肖像』はスキャンダルを巻き起こしましたが、ワイルドの芸術観を知るうえでは外すことのできない作品となっています。
『サロメ』
本格的に劇作家としての仕事に取り組みはじめたワイルドは、『ウィンダミア卿夫人の扇』によって演劇界、社交界で脚光を浴びます。
文学界の最前線に立つことを狙って書いたと思われる『サロメ』は、1891年10月から12月にかけてパリに滞在中に書かれたと推定されます。
ワイルドは友人に、フランスのアカデミー会員になるという野心を語っており、その題材として愛読していた作家たち(フローベール、ユイスマンス、マラルメ、いずれもフランスの作家)が描いたサロメ像を組み合わせ、自分なりのアイデアを加えることで、先行する作家を乗り越えようとしたようです。
『サロメ』の挿絵 オーブリー・ビアズリー
オーブリー・ビアズリーの概略
オーブリー・ビアズリーは1872年にイングランド南部ブライトンに生まれました。
ビアズリーは幼少時から金細工師だった父親に工芸の技術を教わり、音楽の家庭教師をしていた母親からはピアノの技術をほどこされ、7歳で学校に上がるころには読み書きや、音楽の才能を示していました。金銭的な事情から、また、病弱で家にいることが多かったビアズリーは、十代の頃からイラストの注文を受けることになります。
オペラや演劇に強い関心を持っていたビアズリーは16歳になると保険会社に就職しますが、関心の中心は生計を立てることよりも演劇と文学でした。
ラファエル前派の中心的な存在であるエドワード・バーン=ジョーンズに自分のポートフォリオを持っていったビアズリーは、そこで絵の才能を称賛され、本格的に絵の道へ進み、独自の美術様式を築きあげていきます。
『サロメ』の挿絵
オーブリー・ビアズリー『サロメ』挿絵 出典:Wikimedia Commons
1893年4月出版されたワイルドの『サロメ』に感銘を受けたビアズリーは、美術誌「ステューディオ」に「ヨカナーンよ、私はおまえの唇に接吻した」を発表。それを目にして感動したワイルドは英語版『サロメ』の挿絵を依頼。一連の作品群は、25歳で短い生涯を閉じることになるビアズリーの最高傑作と呼ばれることになりました。
関連作品/ファム・ファタルの登場するオペラの原作
『サロメ』の主役であるサロメは、新約聖書への登場以降(名前は記されずヘロデ王の娘として)、絵画、戯曲、オペラなど、現在までの様々な創作におけるファム・ファタル(運命の女・男を破滅させる女)の代表的モチーフとされています。
『サロメ』のほかにも、この「ファム・ファタル」の代表として取り上げられるオペラ作品の原作をいくつかご紹介します。
『マノン・レスコー』
プッチーニの出世作オペラ。美少女マノンに惹かれていく男たちは嫉妬や欲望によって身を滅ぼしていくことになります。原作者はフランスの小説家アヴェ・プレヴォ。
『カルメン』
プロスペル・メリメ原作を、ビゼーが作曲したオペラ作品。自由奔放で悪魔的な魅力をもつカルメンが、一人の男の人生を狂わせるといった内容で、これも「ファム・ファタル」的な作品といえると思います。
『ルル二部作』
『ルル』は、アルバン・ベルク台本、作曲のオペラ作品。「ルル二部作」はフランク・ヴェーデキントの戯曲『地霊』と『パンドラの箱』の二作の通称です。既成の常識にとらわれない奔放な女性ルルが、出会う男たちを次々と破滅に追い込んでいく作品です。
今回はオペラ『サロメ』の紹介として、原作やそれにまつわるエピソードを紹介させていただきました。みなさんのオペラ鑑賞の一助になれば幸いです。
参考文献
オスカー・ワイルド(2012年)『サロメ』平野啓一郎訳 光文社古典新訳文庫
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