村上春樹『シドニーのグリーン・ストリート』×レオンカヴァッロ『道化師』、グレン・グールド ~小説を彩るクラシック#28

ルッジェーロ・レオンカヴァッロ オペラ『道化師』
僕は羊博士の家に到着すると、レオンカヴァッロのオペラ『パリアッチ(道化師)』の序曲を口笛で吹きながら家の周りを一周します。
Juan Pons Official Pageより
表札には「羊博士」、郵便受けには「新聞・牛乳等おことわり」という紙が貼ってありました。
あまりにも簡単に事が運んでしまったせいで、「僕」はかえって途方に暮れてしまいます。
結局、玄関で呼び鈴を押して羊博士に「羊男の耳を返してください」と言うのですが、羊博士は激怒。花瓶で「僕」の頭を叩き、追い返します。
事件を解決したのはちゃーりーでした。
羊博士の家に怒涛の勢いで殴り込んでいき、マシンガンのように博士を責めたて、言い負かしてしまいます。
それじゃあ羊男の耳を返して、となるのですが、耳はちゃーりーのピザ・スタンドの冷蔵庫にサラミと混ぜて捨てた、と博士は言います。ちゃーりーは手元の花瓶をつかんで博士の頭におもいっきり叩きつけました。
耳はサラミ・ピザを頼んだ客が口に入れようとした瞬間に、客をみんなで取り押さえて無事に回収されました。
その後、羊博士は羊の衣装を着るようになり、自分も羊男の一人として幸せそうに毎日ピザ・スタンドに通うようになります。
グレン・グールド愛に乗せたメッセージ
この作品は、年少者のために書いたと言う通り、ストーリーはシンプルで、とても楽しい作品です。そして、作者自身もノビノビと書いているような気がします。
この小説にはクラシック音楽がたくさん登場します。
「僕」が所有するグレン・グールドのレコードは三十八枚。朝いちばんにオートチェンジのプレーヤーに六枚載せて、延々とグールドを聴くのが日課です。
羊男が訊ねてくるときに聴いていたのはグールドの『インヴェンション』(バッハの『インヴェンションとシンフォニア』)で、「僕」が最も愛聴するのが、グールドが弾くブラームスの『インテルメッツオ』。
徹頭徹尾、グールドなのですが(『主よ、人の望みの喜びよ』を口笛で吹くシーンもあります)、唐突に吹かれるパリアッチの序曲が面白いですね。「僕」がまさに“道化”な役どころなんですから。
バッハ『インヴェンションとシンフォニア』/グレン・グールド
ブラームス『インテルメッツォ』/グレン・グールド
この作品では、クラシック音楽を使って物語を動かそうという意思は低いような気がします。それよりも、年少の人たちに「自分の愛するものを見つけよう」と伝えているように感じます。
これだけグレン・グールドが登場するのは、きっと村上春樹の自然な部分が出たからなんでしょう。私立探偵、ピザとビール、愛聴する音楽等……。
肩の力を抜いて、自分の愛好するものに囲まれて生きる。大人になった我々も見つめ直してみたいですね。
「酷い世界で耳を取り返す」
村上春樹の優しいまなざしが感じられる素敵な物語です。
参考文献
村上春樹(1986年)『中国行きのスロウ・ボート』中公文庫
小説を彩るクラシック
村上春樹『風の歌を聴け』×ベートーヴェン『ピアノ協奏曲 第3番』
村上春樹『1973年のピンボール』×ヴィヴァルディ×ヘンデル
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