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平野啓一郎『マチネの終わりに』× J.S.バッハ『無伴奏チェロ組曲』から架空の名曲『幸福の硬貨』誕生まで 小説を彩るクラシック#2

福山雅治主演で映画化!物語だけでなく、制作中の実話もドラマティック!平野啓一郎『マチネの終わりに』

大学在学中に小説家デビューし、23歳のときに芥川賞を受賞。その後も、様々な文学賞を受賞し、オスカー・ワイルド『サロメ』の翻訳や、美術批評も行う平野啓一郎

京都大学法学部卒ということもあり、アカデミックで洗練されたイメージがある方も多いと思いますが、少年時代は大のギター少年で『ヤング・ギター』を愛読し、ヘヴィなロックギターを弾いていたというから驚きです。

福田進一との出会い

そんな平野啓一郎ですが、クラシックギターには漠然とした憧れをもっていたそうで、『葬送』(ロマンティック三部作の三作目)を執筆中、クラシック・ギタリスト福田進一が弾くショパンをよく聴いていた、と話します。

この『葬送』の主人公はショパン。そしてドラクロワ、ジョルジュ・サンドといった芸術家たちで、福田進一のギターが執筆の励みになったようです。
この頃からクラシックギターを注目して聴き始め、ついにクラシック・ギタリストが主人公の小説を執筆します。それが『マチネの終わりに』です。


福田進一と平野啓一郎は、2004年にスウェ-デンのストックホルムで行われたシンポジウムのアフター・パーティーで、偶然隣の席になって意気投合しました。
クラシック・ギタリストの最高峰でありながら気さくな人柄で、平野啓一郎は感激したといいます。

『マチネの終わりに』

二人の交友関係が始まって、ある日、平野啓一郎は、福田進一に「福田さんのバッハ無伴奏チェロ組曲に感動しました。これから始まる新聞連載(『マチネの終わりに』のこと)の主人公をクラシック・ギタリストにしたいのでお話をさせてください」と打ち明けます。こうしてベストセラー小説『マチネの終わりに』が形作られていきました。

あらすじ クラシック・ギターが繋ぐ愛

『マチネの終わりに』は、クラシック・ギタリスト蒔野聡史と、ジャーナリスト小峰洋子の恋愛長編。アーティストとしての苦悩や、大人ゆえのすれ違い、イラク戦争や震災などで傷ついた心を、クラシックの名曲たちが癒し、彩り、困難があっても前に進んでいこう、という人間的な切ない祈りを描いた傑作ラブ・ストーリーです。

架空の名曲『幸福の硬貨』

この小説では数多くのクラシック曲が登場しますが、その中でも選りすぐりのシーンを3つ選ぶなら、ヴィラ=ロボスのブラジル民謡曲『ガヴォット・ショーロ』と、ニューヨーク公演で演奏するバッハの『無伴奏チェロ組曲』、そして架空の名曲『幸福の硬貨』でしょう。

毎日メディアカフェ主催で行われた音楽評論家の濱田滋郎と平野啓一郎の対談で、濱田滋郎は「クラシックギターにしかできないことがありますから。それは例えば(作中に出てくる)傷ついた少女を慰めるとか――」と語っており、このシーンで『ガヴォット・ショーロ』は、とても効果的に使われています。

そして、バッハの『無伴奏チェロ組曲』は、クライマックスのシーンで、主人公蒔野の成長を伝えるための役割を果たし、ヒロイン洋子の父で映画監督イェルコ・ソリッチの代表作『幸福の硬貨』のテーマ曲は、蒔野と洋子を繋ぐとても大切な曲です。

対談の中で、濱田滋郎は「もし映画化されたら、『幸福の硬貨』も登場させないとですね? ご自身で書かれませんか?」と尋ね、平野啓一郎が「僕には書けませんよ!」と返す場面がありましたが、『幸福の硬貨』の曲のイメージはあるようです。それは、“アルペジオで奏でられる優しいイメージ”だそうです。

作中で何度も登場するこの架空の名曲ですが、2019年に映画化が実現し、『幸福の硬貨』が実際に作られました。作曲は菅野祐悟、監修は福田進一です。

福田進一の演奏をCDで聴いたことをきっかけに、クラシック・ギタリストが主人公というアイデアが浮かび、その小さな種のようなアイデアから傑作『マチネの終わりに』という名作が生まれ、『幸福の硬貨』という架空の曲が、とてもチャーミングで温かみのある楽曲として誕生しました。

“色”や“音”のない小説というメディアからこうしたことが起きるのはちょっとした奇跡な気がします。
そんな奇跡のような小説を彩るクラシックの名曲たちを、活字や耳で味わうようにお楽しみください。


参考文献
平野啓一郎(2016年)『マチネの終わりに』毎日新聞社出版
『マチネの終わりに』特別対談「クラシックギターを語る」毎日新聞社


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1982年、福島県生まれ。音楽、文学ライター。 十代から音楽活動を始め、クラシック、ジャズ、ロックを愛聴する。 杉並区在住。東京ヤクルトスワローズが好き。

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