奥泉光『シューマンの指』×シューマン『幻想曲ハ長調』 小説を彩るクラシック#7
奥泉光『シューマンの指』
芥川賞作家として、そして芥川賞の選考委員としても有名な奥泉光は、数々の受賞歴を持ちます。
『石の来歴』での芥川賞をはじめ、『ノヴァリースの引用』では野間文芸新人賞を受賞。『東京自叙伝』では谷崎潤一郎賞を受賞しています。
さらに、この華々しい経歴の作家には、もう一つの顔があります。
それは「フルート奏者」としての顔です。
小学校からウクレレ、ギターを、中学校からはピアノやフルートを始め、音楽に熱中。当時は「文学」よりも「音楽」に関心があったようです。
作家になった後もフルートの演奏に情熱を注ぎ、公式のTwitterでは≪作家。場所柄をわきまえず、やたらと吹くフルーティスト。≫と自称しています(面白いですよね笑)。
ライブハウスでの演奏や、朗読会でのフルート演奏、いとうせいこうとの「文芸漫談」では即興演奏を披露する、という精力的な活動ぶりです。
そんな奥泉光の音楽愛、クラシック愛が発揮されたのが今回ご紹介する、『シューマンの指』です。この長編小説は、2020年7月に講談社100周年を記念して書き下ろされた作品で、シューマンの生誕200年でもありました。
シューマンと文学
シューマンを表す言葉に度々使われるのは「文学的」という言葉です。「ドイツ文庫本の父」と呼ばれるアウグスト・シューマンを父に持ち、自身も文学少年だったシューマンは、『新音楽時報』という音楽批評誌を創刊し、言葉によっても音楽の世界を探求していきます。
その際にシューマンが生み出したものが「ダヴィッド同盟」です。この架空の団体の主要メンバーは、情熱的で活動的なフロレスタン、冷静で内向的なオイゼビウス。シューマンはこの二人の名前を使って(演じて)批評を行っていました。
このシューマンが生み出したキャラクターたちは、自身のもつ相反した人格をデフォルメ化したものだと考えられます。
「ダヴィッド同盟」という名前は、芸術を理解しない俗物や、保守的で新しい芸術を理解しない人たちを、旧約聖書に登場するダビデ王が凶戦士ゴリアテを打倒した逸話になぞらえてつけられました。
シューマンは、このように芸術を愛する情熱と創造力を持っていたわけです。
指の怪我により、ピアニストの夢が断たれたシューマンですが、それによって幽玄で空想的な名曲を作りあげる「作曲家シューマン」が生まれることになります。その背景には、文学への愛が関係しているのは間違いないでしょう。
『シューマンの指』
『シューマンの指』は、主人公である里橋優が、過去を振り返りながら書いた手記という形で展開していきます。
天才ピアニストとの出会い、長嶺が弾くシューマンの幻想的な調べ、音楽仲間との青春、突如起こる女子高生の殺人事件、長嶺が失うことになる指……。
この小説は、青春小説でもあり、ミステリーでもあり、シューマン楽曲の専門的な解説書の役割も持っています。
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