E.T.A.ホフマン『クレスペル顧問官』:オペラ『ホフマン物語』の原作紹介〜オペラの原作#05
『クレスペル顧問官』あらすじ
3.真相
20年前、最上のヴァイオリンを求めて、クレスペルはイタリアのヴェネツィアへ出かけていきました。
サン・ベネデッド劇場に立ち寄ったクレスペルは、プリマ・ドンナとして名声に輝いていた歌姫アンジェラの歌声を聴いて、すっかり魅了されてしまいました。
やがて二人は結婚しますが、アンジェラは舞台での自分を捨てることができず、結婚は内密となりました。
結婚してみるとアンジェラは気まぐれかつわがままでした。
ある晩、クレスペルがヴァイオリンを弾いていた手がアンジェラにぶつかり、かっとしたアンジェラはそのヴァイオリンを大理石のテーブルに叩きつけて粉々に破壊してしまいます。
クレスペルは我慢の限界だったのでしょう。アンジェラを担いで別荘の窓から放り投げて、一人ドイツに帰ってしまいました。
そのとき身ごもっていたアンジェラは、ヴェネツィアに戻ってきてくれるようクレスペルへ手紙を書きます。
やがて、女の子が生まれたことを知らせる手紙がやってきて、その手紙から心を入れ替えた様子を見てとったクレスペルはヴェネツィアに行こうと決心します。
しかし、馬車に乗り込もうとした時にある思いがよぎりました。
「わたしが姿をあらわしたら、すぐまたアンジェラが悪霊の支配に屈してしまうに決まってるじゃないか」
彼は馬車を降りて、ヴェネツィアに戻ることを断念します。
やがて二人の娘アントーニエには、母親譲りの歌の才能が花開いていきます。
年月が流れ、大人になったアントーニエから有望な作曲家であるBと結婚したいという手紙がクレスペルのもとに届きました。
この若い作曲家の作品はわるくないと感じていたクレスペルは喜んで結婚することに同意しました。
ある日、結婚したという通知が届くものかと思っていたクレスペルのもとに、黒い封印が押された手紙が届きます。アンジェラが亡くなったという報せでした。彼女が死んだのは、若い二人が結婚するはずだった日の前日でした。
クレスペルはアントーニエを引き取り、一緒に暮らすことにします。許嫁の青年も一緒にやってきました。
青年がピアノを弾き、クレスペルがヴァイオリンを弾き、アントーニエはそれに合わせて歌いました。その歌唱は母親のアンジェラをしのぐものでした。
クレスペルは陶然と聴きほれていましたが、やがてある懸念を抱き、医師へ相談しに行くことにしました。
医師は言いました。
「胸部に欠陥があります。このまま歌い続けていたら半年の命でしょう」と。
クレスペルは無数の剣で貫かれたような思いでした。
彼は覚悟を決めてアントーニエに訊ねます。
許嫁に従い、歌を歌って早死にするか、それとも父に従い歌を捨てて長く生きるか?
Bは「きっと彼女は歌わせない」と言いますが、「それでも自分が作曲したアリアを歌ってほしいという誘惑には勝てないだろう」と感じたクレスペルは、娘を連れてF市を出てH市に旅立ちました。
絶望にかられたBは、二人のあとを追い、クレスペルに「一目でいいから会わせてください」と哀願しました。
いっそ恐ろしいことがおこるがいい──
クレスペルはBをピアノの前に座らせ、アントーニエが歌い、クレスペルがヴァイオリンを弾きました。
すぐに赤い斑点がアントーニエの顔に現れ、大きな叫び声をあげて床に崩れ落ちてしまいました。
クレスペルは放心しているBに「お望み通りに、いとしい花嫁は殺された。さっさと逃げ出すがいい」と言い、Bは街を去りました。
死んだように見えたアントーニエは回復し、「わたしはもう歌いません、お父さまのために生きます」と誓います。
アントーニエの棺に入れた獅子の頭が彫られた上等なヴァイオリンを分解しようとしていたときでした。
「これも分解するの?」とアントーニエが訊きました。
クレスペルは哀願するような娘の様子を見て、少しだけ弾いてみることにしました。
「ああ、それがわたしよ──わたしが歌っている」
楽器の音色を聴いたアントーニエはまるで自分自身が歌っているかのように感じ、感動しながら「少し歌いたい!」と言いました。
クレスペルは、アントーニエの一番美しい持ち歌を弾き、アントーニエは心からそれを喜びました。
クレスペルはこのとき、自失のような状態に陥り、まばゆい光がアントーニエとBを包み込んでいる姿が浮かび上がったように感じました。しだいに意識が遠のいて、二人の姿も音楽も消えていきました。
目を覚まし、アントーニエの部屋へ行くと、愛らしいほほえみを浮かべながら両手を組み、ソファに横たわっていました。
アントーニエはすでに天国に旅立っていました。
参考文献
E.T.A.ホフマン(2014年)『砂男/クレスペル顧問官』大島かおり訳 光文社古典新訳文庫
まとめ
この作品の中で「完全」に満たされる登場人物は一人しか出てきません。
クレスペルは、妻であるアンジェラを愛してはいましたが、生活を共にすることはありませんでした。アンジェラは、自分の勝ち得た名声と平穏な生活を天秤にかけますし、有望な若手作曲家のBは、音楽とアントーニエの間を揺れ動き、街を去っていきます。
唯一、「完全」を生きたのはアントーニエでした。
彼女は歌によって生きる喜びを得て、歌によって生命が破壊されてしまいます。
結末は悲劇に思えるのですが、「天上の喜悦を顔にうかべて死んでいる」アントーニエを発見したとき、我々読者は悲しさを超えた感動を味わっていることに気づきます。
ロマン派的名作『クレスペル顧問官』は、至高の芸術に命を燃やしたホフマンらしい作品です。興味をもたれた方は是非読んでみてください。
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