E.T.A.ホフマン『砂男』: バレエ『コッペリア』/オペラ『ホフマン物語』の原作紹介〜オペラの原作#04
小説『砂男』の あらすじ
『砂男』あらすじ
1. 三通の手紙
■ ナターナエルからロータルへ
物語は、ナターナエルが親友のロータルに不安を打ち明ける手紙から始まります。
このあいだから頭がすっかり混乱しているんだ。──恐ろしいことがぼくの生活に闖入してきた! 迫りくる厭わしくもおどろおどろしい運命の暗い予感が、黒雲のようにぼくの頭上にひろがって、一節のなごやかな陽光も通してくれない。
『砂男/クレスペル顧問官』ホフマン
大島かおり訳 光文社古典新訳文庫
ナターナエルが語る「恐ろしいこと」というのは、彼が住む下宿に晴雨計売りが現れたことでした。
なぜ、それが恐ろしいことなのか? それはナターナエルの幼少期に起きた出来事が発端となっていました。
ナターナエルの母は、夜九時になると決まって「さあ、ベッドへ! 砂男がきますよ」と言って、少年のナターナエルを驚かしていました。そう言われると、いつも九時を過ぎたころになると階段をのぼって父親の部屋へ向かっていく重たげな足音が聞こえてきます。
「父親の部屋へ行く砂男というものはいったい何者なんだろう?」
ナターナエルは不気味な砂男について、婆やに訊ねます。
婆やが言うには、砂男は、眠らない子どもがいると両手いっぱいの砂を子どもに投げつけ、眼玉を奪っていく悪い怪物だということでした。
恐ろしい──
砂男なんて実在するわけがないだろうと思う年齢になっても、ナターナエルの想像力が恐怖の砂男像を創り出してしまい、父親の部屋に向かって階段を上がっていく音を聞くと、いつまで経っても不安でしかたがありませんでした。ですが、それと同時に、一度砂男を見てやろうという気にもなっていました。
10歳になったナターナエルは高まる好奇心から、父親の部屋にしのびこんで、砂男を待ち伏せしようと心に決めます。
九時過ぎ、カーテンの影に隠れていると、やはり何者かが部屋に入ってきました。現れたのは、よく家に昼食を食べにくる老弁護士のコッペリウスでした。
砂男の正体はコッペリウスだった!
ナターナエルの恐怖心は薄れるどころか増していきます。
しかしどんなに恐ろしい怪物だろうと、ほかならぬこのコッペリウスほど、ぼくの恐怖をかきたてはしなかっただろう。
『砂男/クレスペル顧問官』ホフマン
大島かおり訳 光文社古典新訳文庫
コッペリウスは、いかつい肩をし、大男で、顔は黄土色、もじゃもじゃの灰色の眉と、緑色に光る眼と、大きな鼻をもち、悪意に満ちた笑みを浮かべています。
ナターナエルが描写するコッペリウスは、まるで怪物のようです。
「さあ! 仕事だ」
コッペリウスは父親と共に小さな炉に向かって、何かの作業をしているようでした。もうもうと立ち込める蒸気の中からきらきら光るなにかのかたまりを取り出して、ハンマーでせっせと打ち込む二人。
「眼玉をよこせ、眼玉を!」
そう叫んだコッペリウスに恐怖したナターナエルは悲鳴を上げてしまい、カーテンの影に隠れていたことがバレてしまいます。
「このガキめ!」
コッペリウスは、ナターナエルをつかんで炉のほうへ投げ飛ばします。炉の炎で髪の毛が焦げてしまうのも構わず、コッペリウスは「これで眼玉が手に入ったぞ」とささやきます。父親が哀願し、ナターナエルは両眼を取られずに済みますが、ショックで何週間も寝込んでしまいます。
そして一年後、事件が起こります。
父親とコッペリウスの二人が夜中の作業をしていると、すさまじい爆発音と父親の悲鳴が階下に響きました。
ナターナエルが部屋にかけつけると父親は炉の前で死体となって倒れていました。コッペリウスは行方をくらまし、ナターナエルは憎悪に打ち震えます。
愛する友よ、これだけ話したうえで、あの晴雨計売りの男がだれあろう、あの呪わしいコッペリウスだと言えば、ぼくがこの仇敵の出現を重大なわざわいのもとだと解釈しても、むりはないと思ってくれるだろうね。
中略
しかもコッペリウスは名前を変えることすらしていない、聞くところによると、あの男はこの町ではピエモンテの光学機器商だというふれこみで、ジュゼッペ・コッポラと名乗っているそうだ。
『砂男/クレスペル顧問官』ホフマン
大島かおり訳 光文社古典新訳文庫
身なりこそ変わっていたが、下宿に晴雨計を売りに来たみすぼらしい老人こそが、親の仇であるとナターナエルは信じて疑わない様子でした。
■クララからナターエナルへ
一通目の手紙でナターナエルは、ロータル宛に書いたつもりでしたが、上書きにクララの名前を書いていたことで、返信はクララからになっています。
ナターナエルが書いてよこした「恐ろしいこと」についてクララは、それはあなたの内面だけで起こったことだから気にする必要はない、と諭します。
深夜の爆発事故は錬金術の実験が失敗したもので、コッペリウスのせいではないかもしれない。晴雨計売りも関係はない。そのような異形、邪悪な存在は頭から振り払ってしまうべきだ、と。
それを読んだナターナエルはこう手紙に記します。
■ナターナエルからロータルへ
このあいだきみに宛てた手紙を、むろんぼくの迂闊さが原因だが、クララが封を切って読んでしまったとは、まずいことになったものだ。彼女はなかなか思慮深い哲学的な手紙をくれたよ。コッペリウスやコッポラはぼくの内面に存在するだけの、ぼくの自我の幻影であって、ぼくがそれとして認識するならばたちまち雲散霧消すると、詳細に検証してあった。
『砂男/クレスペル顧問官』ホフマン
大島かおり訳 光文社古典新訳文庫
コッペリウスとコッポラが自分の内面に存在するだけのものだ、とクララに諭されたナターエナルは静かに怒りを感じていました。
ですが、大学で講義を受けているスパランツァーニが晴雨計売りのコッポラと知り合いで、コッペリウスと同一人物ではないということがわかったとも手紙には書いており、問題は棚上げになります。
その他、手紙には、スパランツァーニ教授がとても変わった人物である、ということと、教授の美しい娘オリンピアについてと、二週間後に故郷に戻る旨が記してありました。
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