『第九』をもっと楽しもう!年末の風物詩『第九』がもっと好きになるこぼれ話

年末が迫ってくるにつれ、多くのオーケストラ楽団、合唱団から『第九』のコンサートのお知らせが増えてきています。

オペラハーツのコンサート情報でも『第九』の大群が控えていて、2022年12月の掲載情報ではパシフィックフィル東京、神奈川フィル、日フィル、新日フィル、N響、東京交響楽団、東フィル、都響、東京シティフィル、来日中のウクライナ国立歌劇場管弦楽団と、10もの楽団がコンサートを予定しています。

テレビ局が主催する企画や、市民楽団や合唱団の小規模の公演なども含めるともっともっと多くの『第九』のコンサートが行われ、もはや12月は『第九』の月といっても過言ではないほど。

それ以外にもCMソングや映画の挿入曲などの形で様々に使われて、日本人に最も馴染み深いクラシック音楽の一つです。

コロナ禍で久しぶりになるところもありますが、恒例行事として親しまれる”年末の『第九』”。

『第九』と呼ばれる交響曲のかんたんな説明から、年末に親しまれるようになった理由、『第九』がもっと好きになるクラシック音楽の外の『第九』まで紹介していきます!

まずは『第九』とはなんぞや、という基本のおさらい。続いて、『第九』に纏わる歴史上のエピソードなど『第九』がもっと楽しく(?)なるエピソードのご紹介です。

1.『第九』とは?

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 出典:Wikimedia Commons

交響曲第9番 ニ短調 作品125 | Sinfonie Nr. 9 d-moll op. 125

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)により1824年に作曲された、ベートーヴェン9番目にして最後の交響曲です。

正式なタイトルは『交響曲第9番 ニ短調 作品125』で、日本では単に『第九』のほか、『合唱』『合唱付き』『歓喜の歌』の愛称が添えられることも多くあります。

全4楽章で、第4楽章の合唱が特に有名かつ人気です。合唱部分の歌詞は劇作家フリードリヒ・フォン・シラー(1759-1805)による詩『歓喜に寄せて』を抜粋しています。

べートーヴェンの交響曲はとても身近

第9番ということは、ベートーヴェンはそれまでに第1から第8番の交響曲を作っているということです。

第3番『英雄』は漫画・ドラマ『のだめカンタービレ』で主人公が初めて指揮を振った曲として登場し、第6番『田園』はディズニーの『ファンタジア』で使われています。

第7番はドラマ『のだめカンタービレ』オープニングや、年末ジャンボ宝くじのCMで「ジャーンボジャーンボ」の歌詞が付けられたもので、耳に馴染みのある人も多いのではないでしょうか。

何より第5番『運命』は、あの超有名な「ジャジャジャジャーン」。インパクト絶大な冒頭部は映画、ドラマ、CM、アニメ等あらゆる場面で使い倒され、誰もが知っているフレーズです。


カードゲーム『デュエルマスターズ』より、ベートーベンの名前を借りたカードとコンボして使える『運命』。
『運命』といえば「ジャジャジャジャーン」は子供たちにもこうして認知されている。


その多くが現在も頻繁に聴く機会のある名曲揃いです。

しかし、後世多くの人が、そのなかでも『第九』をベートーヴェンの交響曲の最高傑作と評するのは、『第九』が非常に革新的であり、またその革新が意表を突くだけのものではなく、深い感動と他の音楽家へ影響を与えたからにほかなりません。

そしてその大きな革新が、第4楽章にぎゅっと詰まっているのです。

2.『第九』はなぜ年末に歌われるのか

日本では年末の風物詩となっている『第九』ですが、他国から見るとちょっとした”奇祭”として見られているようです。

実はルーツは、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(ドイツ・ライプツィヒを拠点に活動する250年の歴史を持つオーケストラ)が毎年大晦日に演奏していたことからとされています。
これはあくまでゲヴァントハウス管弦楽団だけの恒例行事だったようですが、日本の誰かが誤解して広く”年末の曲”だという認識を抱いたようなのです。

そんな印象を誤って輸入した後、日本で定着に至ったきっかけは、NHK交響楽団が戦後まもなく行った12月のコンサートと言われています。
この公演が非常に好評になったことから、12月の『第九』は売れると、各地の音楽家たちの年末年始の収入源として多くの楽団で演奏されるようになりました。

一説によると、
 オーケストラが公演を企画する。
→ボランティアの合唱団を募る。
→ボランティア合唱団員の家族や知り合いが付き合いでチケットを買う。
→満員御礼大儲け。
という生々しいお財布事情があったともいいます。

さらに、労働者や市民の団結をうながす社会運動「うたごえ運動」や勤労者音楽協議会(労音)の活動が広がって合唱が流行し、多数発足した市民合唱団と年末の『第九』ブームが合流して、風物詩として定着することになったようです。

異なる説では、ブーム発端の公演は太平洋戦争の学徒動員で戦死した生徒へ、東京藝術大学が開催した追悼コンサートだったというものもあります。
どちらにしても、戦後すぐの時期にきっかけがあったことは確かなようです。

3.楽曲解説

『第九』は1楽章から4楽章の4つから成り、あの有名な合唱は第4楽章、ラスト1/4にあたります。

第1楽章は威厳あるフレーズからはじまる壮大な曲です。

第2楽章はスケルツォ(諧謔曲)。イタリア語で「冗談」を意味しています。おどけたような軽快なリズムを、要所要所でティンパニが引き締める強烈なインパクトがある曲です。

第3楽章は緩徐楽章といい、落ち着いた曲調の流麗な調べで第4楽章へ向かっていきます。

第1~3楽章もそれだけで聞き惚れるような素晴らしい曲なのですが、それらを全て前座にしてしまいます。それほどに第4楽章が、音楽的な大革新をもたらすのです。

第4楽章はまずはじめに、第3楽章で心地よく降りてきた眠気を吹き飛ばすように、第1楽章を思わせる大迫力ではじまります。
続けて第2楽章や第3楽章を思わせるフレーズを散りばめ、それから有名な合唱部の主題(メロディ)が楽器のみで混ざります。

そして冒頭から6~7分ごろ、もう一度第1楽章を思わせる迫力あるメロディの後に、急に楽器が全て止んで、バリトン歌手のソロが歌い始めます。

はじまったソロの歌詞の意味はこうです。

「こんな音楽ではない。友よ、もっと楽しい歌を歌おう、喜びに満ちた歌を」

それだけでも素晴らしかった第1~第3楽章を、こんな音楽ではないと切り捨ててしまうのです。
ただ、この曲がもたらした音楽的革新を思えば、これまでを否定するこの歌詞にも納得せざるをえません。

そして、「喜びよ、喜びよ」とソリストと合唱団が掛け合って、合唱がはじまります。
そこからはご存じのあの合唱です。

『第九』がもたらした音楽的革新

── 合唱による革新

クラシックファンにはもはや聴きなじんだ音楽ですが、19世紀初頭の音楽界においてはこの合唱が入る構成はとんでもない型破りだったのです。

まずはじめに、合唱を交響曲に入れる試みはほとんど初めてのものでした。皆無ではなかったのですが、成功し、聴衆の人気を獲得するに至るのは初めてだったといえます。

単純な話、とっても贅沢な編成なのです。オーケストラだけでも集めるのに苦労する大人数を要するのに、さらに数十~100人単位の声楽家を集めるのですから非常にハイコストです。演奏に関わる人数が激増することを考えると、舞台の広さにも余裕が必要です。
しかも『第九』の合唱団は第1~第3楽章までは全く出番がありません。合計1時間超の演奏の最後の10分程度のためだけに大勢の合唱団を駆り出すのですから、もったいないオバケが出てきそうです。

── 楽器による革新

さらに楽器の面でも革新を起こしています。

当時の大太鼓とシンバルは軍隊のための楽器という認識をされており、音楽に使うとしても『トルコ行進曲』のような軍隊関係の曲などに限られる扱いでした。

また、トロンボーンは逆に厳かな宗教音楽のためのものでした。
当時の交響曲は大衆向けの娯楽音楽、今ならポップスなどのような感覚だったため、トロンボーンは”低俗な”交響曲に使う物ではないと考えられていたのですが、ベートーヴェンは交響曲第5番ごろからトロンボーンを積極的に用いました。

現代ではクラシック楽器の導入でも、ニュース音声や自然の音のサンプリングでも、どんな音を使って音楽にしようがなんでもありになって久しく、その新規性を今から感じるのは難しいかもしれません。

それでも現代人の感覚に近づけると「体育指導用のホイッスルと雅楽の篠笛をロックバンドに加えて超格好いい曲を作ってホイッスル・篠笛を定番にさせちゃった」くらいの突飛さと影響力だと考えたら、少しでも伝わるでしょうか。

『第九』が完成したころ、ベートーヴェンは聴覚をほとんど失っていました。そのため、初演の際にも上手くいったか自分ではわからなかったようです。

しかしこの革新的な音楽は多くの人に感動を呼ぶことに成功しており、初演の演奏終了後、歌手がベートーヴェンの手を引き、拍手で喝采する聴衆を見せて成功を確かめさせたという逸話が伝えられています。

ただ、革新的な曲はあまり聴衆に受け入れられず、ベートーヴェンマニアだけが喜んでいたとする話もあり、初演が成功だったのかどうかは今や歴史のヴェールに隠れてしまっています。

4.『歓喜の歌』とは?

『歓喜の歌』は『第九』第4楽章の合唱の部分のこと。正しくは第一主題といいます。

この歌詞はドイツの詩人フリードリヒ・フォン・シラーの詩『歓喜に寄す』から、音楽に合わせて改変の上で抜粋されています。
もともとの詩から1/3程度まで削られ、また一部はベートーヴェンがオリジナルの詩を加えています。

詳細な歌詞の訳はWikipediaなどに任せますが、要約すると『世界中の人々よ、兄弟になり、喜びを歌おう』と歌っています。

星空の上にいる主や天使ケルビムなどキリスト教の思想がある程度下敷きにあるものの、その点を除けばあらゆる人々が共感できる、喜びと平和を祈念する歌です。

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オペラハーツの編集とライターを兼任。 小中でピアノ教室に通い、中高では吹奏楽部で打楽器を担当した程度の演奏経験。 クラシック以外にロック、EDM、ボカロ、ゲーム音楽なども好んで聴く。

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