クララ・ヴィーク=シューマン|Clara Wieck-Schumann 1819-1896
3.代表曲
3.1『ロマンスと変奏』|Romance varie Op.3
1833年に出版したピアノ独奏曲。クララがローベルト・シューマンに献呈した最初の作品。
「このささやかな楽想から、あなたがなにか気の利いた曲を生みだしてくださったら、私の稚拙な作品も救われるでしょう。ですからぜひともそうして欲しいのです。あなたの曲の完成を待ちきれませんわ」
モニカ・シュテークマン著『クララ・シューマン』春秋社 p.35
この言葉とともにローベルトに贈った。ローベルトはこの曲のテーマを用いて、『クララ・ヴィークのロマンスによる即興曲』(Op.5)を書いた。
愛らしいメロディに、ピアニスティックな超絶技巧を加えてさまざまに変奏していく。華やかで輝きに満ちたピアノの音色を存分に聴かせる、変奏曲の典型的作品。
3.2『フリードリヒ・リュッケルトによる3つの詩』|3Lieder Op.12
1841年、ローベルト作曲の9曲(Op.37)にクララの3曲を加え、12曲の歌曲を共同出版した。クララはローベルト31歳の誕生日に、リュッケルトの詩集『愛の春』から4曲を作曲。出版に際して、このうち3曲を選んだ。
クララの作品は、歌曲集の第2曲『彼は嵐と雨の中をやってきた』(Op.12-2)、第4曲『美しさゆえに愛するなら』(Op.12-4)、第11曲『なぜ他の人にたずねるの』(Op.12-11)。第2曲は嵐を表現するピアノ伴奏の中、恋人がやって来るのを待つ興奮で高ぶる気持ちがよく表現されている。第4曲は、少しずつ表情を変えて繰り返される穏やかな旋律の中に、愛の情熱が感じられる。第11曲は、情熱的な歌詞に意外なほど流麗で柔らかい旋律。歌とピアノ伴奏が寄り添って進み、愛の幸福感を存分に表現している。
(作品番号はクララが作った曲だけを数えて『彼は嵐と雨の中をやってきた』をOp.12-1、『美しさゆえに愛するなら』をOp.12-2、『なぜ他の人にたずねるの』をOp.12-3とする場合もある。)
『彼は嵐と雨の中をやってきた』(Op.12-2)
『美しさゆえに愛するなら』(Op.12-4)
『なぜ他の人にたずねるの』(Op.12-11)
3.3『無言の蓮』|Die stille Lotosblume Op.13-6
1840年から1843年にかけて作曲した6つの作品をまとめた歌曲集『6つの歌曲』(Op.13)の最終曲。この歌曲集はデンマーク王妃カロリーネ・アマーリエに献呈した。
エマヌエル・ガイベル(1815-1884)の詩による曲。静かに蓮の美しさの描写で始まり、ピアノの間奏で白鳥の出現を予感させるような旋律が流れ、白鳥が蓮に向かって歌う。白鳥が歌う部分でピアノ伴奏が浮かび上がるように流れた後、間奏の旋律が歌によって繰り返され、蓮の花に問いかける最後の部分は、音楽的に解決されず印象深い余韻を残して終わる。月夜の蓮を描いた歌曲にはローベルトも、結婚式前夜にクララに捧げた歌曲集『ミルテの花』(Op.25)の中で『蓮の花』(Op.25-7)を書いている。
IMSLP掲載の楽譜より抜粋
3.4『3つのロマンス』|3Romanzen Op.21
クララは1853年からピアノのための4つのロマンスを作曲。うち第1曲をローベルトの誕生日に贈り、後に第1曲から第3曲をまとめて出版しブラームスに献呈した。クララが音楽への情熱を取り戻し、6年間中断していた作曲を再開した時期の作品。内包する悲しみが湧き出すような、美しく深みのある作品。
第1曲は冒頭と終盤に現れる、内包する深い悲しみを歌いあげるような和音とメロディが印象的。第2曲は16分音符と16分休符の組み合わせで曲全体が貫かれ、点を打つように軽やかに通り過ぎていく。第3曲は先を急ぐような16分音符の連続、弱拍にアクセントを置いた低音部により繊細ながらも力強さを感じさせる。
3.5『ピアノとオーケストラのための協奏曲イ短調』|Konzert für Klavier und Orchester a-moll Op.7
クララの唯一のオーケストラ作品。1837年出版。クララは14歳のときの1833年、この作品の第3楽章の作曲を始めた。この第3楽章は、オーケストレーションに際してローベルトが深く関わっている。クララの日記には、ローベルトがこの曲にオーケストレーションをつけようとしていることが記載されている。また、現存する、ローベルトの手による総譜の最初のページには、以下のように書かれている。
「クララによる協奏楽章、ぼくの管弦楽編曲」
ナンシー・B・ライク著、『クララ・シューマン―女の愛と芸術の生涯―』音楽之友社 p.475
まさにローベルトがオーケストラ作品に本格的に取り組み始めた時期であり、クララはまだ無名のローベルトに自身の作品を託したのだった。1834年に第1楽章、1835年に第2楽章を作曲し、1835年11月にメンデルスゾーンの指揮によって全楽章を初演。1838年にはショパンの前でも全楽章を披露している。
オーケストラで始まり、ピアノソロがテーマを演奏する第1楽章。オーケストラは主にピアノの支えとして機能している。ピアノだけで始まる第2楽章はチェロとの二重奏。第2楽章の最終部で、ティンパニの連打によって第3楽章へつながっていく。金管楽器のファンファーレで始まる第3楽章は、よりオーケストラが重要な役割を持ち、管弦楽が様々に姿を変えてピアノとの対話を進めていく。
4.もっとクララ・シューマンが分かる!おススメ映画
女性の立場が決して高くなかった19世紀のヨーロッパ社会で、愛と音楽に満ち、輝かしく活躍したクララの人生は、数々の映画や舞台の題材にもなっている。
4.1『哀愁のトロイメライ/クララ・シューマン物語』 Frühlingssinfonie
クララとローベルト・シューマンが出会い、結婚に至るまでのストーリーを描いた、1983年公開の西ドイツ・東ドイツ合作映画。原題は『春のシンフォニー』で、ローベルトの『交響曲第1番』(Op.38)の副題「春」からきている。邦題は、劇中に挿入されているローベルトのピアノ曲『トロイメライ』(『子どもの情景』(Op.15)第7曲目)によるもの。
『交響曲第1番』や『トロイメライ』などローベルトの曲が多数用いられているほか、クララの作品からは11歳で作曲した初めての出版作品『ピアノのための4つのポロネーズ』(Op.1)が演奏されている。
当時の時代背景を丁寧に描き出しており、ゲヴァントハウスなどのコンサートホール、ウィーンの貴族の屋敷やパリの音楽サロンでの演奏会の雰囲気、馬車で移動する演奏旅行など、クララの生きた時代が視覚的にも楽しめる。シンプルなデザインの中に美を見出そうとした、ビーダーマイヤー期のドイツ市民家庭のインテリアにも注目。
参考文献
ナンシー・B・ライク著(1987年)『クララ・シューマン―女の愛と芸術の生涯―』 高野茂訳 音楽之友社
モニカ・シュテークマン著(2014年)『クララ・シューマン』 玉川裕子訳 春秋社
玉川裕子編著(2015年)『クラシック音楽と女性たち』 青弓社
フライア・ホフマン著(2004年)『楽器と身体―市民社会における女性の音楽活動―』 阪井葉子・玉川裕子訳 春秋社
ヘッダー画像出典:Wikimedia Commons
執筆者
神保 智 じんぼ ちえ 大阪府立大阪女子大学大学院国語学国文学専攻修了。桐朋学園大学音楽学部カレッジ・ディプロマ・コース声楽科在学中。トリニティカレッジロンドンATCLディプロマ(声楽)取得。児童合唱団や中学高校のクラブ活動など、幼少時から音楽に親しむ。中学校教員、中国香港経済記者を経て、音楽の道に入り日々研鑽を積む。
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