• HOME
  • 空を飛ぶ!鉄を打つ!仕事の風景を描く?クラシック音楽~クラシック珍曲・迷曲 意外な楽器編②

空を飛ぶ!鉄を打つ!仕事の風景を描く?クラシック音楽~クラシック珍曲・迷曲 意外な楽器編②

日本の民謡には仕事の歌が多く伝わっています。ノコギリで木材を加工するときの『木挽き歌』、漁師の歌『ソーラン節』、『茶摘み』の歌、鉱山の『炭坑節』……。

西洋も同様に仕事に関する民間の音楽はいくつもあり、その中には当時の貴族たちが聴くクラシック音楽に入り込んだものもあるようです。

そしてそんな仕事の歌には、仕事中の特徴的な音を使って演奏するものもありました。

ハンマーの音は鍛冶屋の仕事の象徴?それとも破滅をもたらすもの!?


任天堂ゲーマーかかつてのニコニコ動画ユーザーなら、ハンマーの曲といえばこれを思い浮かべる人が多いのではないかと思います。

初出は初代『ドンキーコング』ですが、対戦ゲームの『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズで、強力な武器であるハンマーを入手した時のBGMとして記憶している方が多いはず。

この時、ハンマーを使う立場だと勝利への福音、使われる立場だと脅威の象徴で、プレイヤーによって感じ方の明暗が分かれる曲になっています。


ニンテンドウオールスター! 大乱闘スマッシュブラザーズ
任天堂 1999年発売
Amazon商品ページより

さて。鍛冶屋がハンマーで金属を叩き鍛えるときの音は、クラシック音楽が作られていた当時の人々にとっては、生活の中にある音でした。
カチン、カチンと子気味よいリズムを刻むことから音楽の中にもたくさん取り入れられています。

一方で、ハンマーにはものを壊すための道具という一面もあります。ですからハンマーの音は、ゲームのハンマーと同様、大仰な言い方をすれば”破壊”と”創造”のどちらも象徴する二面性があると言えます。

そんなハンマーに関する音楽のなかで有名なものをご紹介します。

ヨーゼフ・シュトラウス『鍛冶屋のポルカ|Feuerfest!』op.269

最初の一曲は『鍛冶屋のポルカ』。前回の記事で紹介した『爆発ポルカ』のヨハン・シュトラウス2世の弟、ヨーゼフ・シュトラウスの作品です。

彼はもともと世界初の路面清掃車を生み出すような優れた機械技師だったのですが、体調不良の兄ヨハン2世の代役をするところから音楽家キャリアを始めています。
兄の名前に隠れがちですが、深みのあるワルツや、楽しいポルカに関しては兄以上と評する声もあります。

この金床を叩く音が入ったポルカは、鍛冶の仕事を歌いながらこなす職人の暮らしが思い浮かぶ楽しい曲です。

リヒャルト・ワーグナー『鍛冶の歌| Nothung! Nothung! Neidliches Schwert』WWV 86C/ Act I

3:30ごろから『鍛冶の歌』

二曲目はワーグナーのオペラ『ニーベルングの指輪』、二夜『ジークフリート』から『鍛冶の歌』です。

英雄ジークフリートが、父の形見であり、神によって折られてしまった魔剣ノートゥングを鍛えて修復する場面で歌われます。彼が魔竜を討ち、神をも退ける英雄になる第一歩がこの鍛冶からはじまります。

ジュゼッペ・ヴェルディ『鍛冶屋の合唱|Vedi! Le fosche notturne spoglie』 Il Trovatore / Act 2

三曲目はオペラ『イル・トロヴァトーレ』から『鍛冶屋の合唱』。この場面そのものは職人たちが陽気に仕事をする場面ではあるのですが、この後には、横恋慕と復讐が織りなす残酷な悲劇が待っています。
何気ない楽し気な日常があるから、待ち構える破滅が際立つのです。

イル・トロヴァトーレのあらすじはこちら

グスタフ・マーラー 『交響曲第6番イ短調《悲劇的》|Symphonie Nr.6 a-moll “Tragische”』

そして、最後にマーラーの『交響曲第6番』第四楽章。長い曲なので、まずはハンマーの部分を抜き出してくれている二つ目の動画を見てみてください。

こちらは鍛冶屋の金属ハンマーではなく、大きな木槌のイメージです。このハンマーの音は崩壊や死を意味すると考えられています。この曲を作った直後にマーラーは、長女の死、自身の心臓病発覚、病気療養による失業などの過酷な運命に襲われ、自らの不幸の予言だったのではないかと噂されています。


北欧神話の神トールが持つ鎚 出典:Wikimedia Commons


ハンマーには仕事以外にも、北欧神話の戦神が使った戦鎚ミョルニール(ムジョルニア)のような武力の象徴、裁判官が持っているハンマー(ガベル)や「裁きの鉄槌」という言い回しのような裁きの象徴でもあります。

そう考えると『イル・トロヴァトーレ』のハンマーの音は、その後の因果応報の裁きを予兆するためのものだったのでは……なんて考えてしまいます。

ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1、ミキサー1、ヘリコプター4……!?

カールハインツ・シュトックハウゼン『ヘリコプター弦楽四重奏曲|Helikopter-Streichquartett』

こちらはドイツの作曲家、カールハインツ・シュトックハウゼンの曲です。
彼が「演奏者たちがヘリコプターに乗って、音楽を奏でながら旋回する」という奇妙な夢を見て、それを実現するために作ったのがこの曲。

なんと、ヘリに乗った弦楽器奏者の音をマイクで集め、コンサート会場に中継するという曲なんです!

演奏するためには弦楽器担当がバイオリン2人、ヴィオラとチェロ1人ずつの計4人に、彼らを乗せて飛ぶヘリコプター4機とその操縦士が4人、さらに通信で送られてきた演奏の音量等を調整するミキサー1人が必要です。

編成人数こそ多くありませんが、ヘリ4機の調達と、普段クラシックとはあまり縁のない専門家5人の仕事を要する、とっても演奏難易度の高い曲です。

ヘリコプターのローター(プロペラ)音も音楽の中に含まれるのですが、演奏したバイオリニスト曰く「自分で弾いてる音がローター音で聞こえない」んだとか。

都会の喧騒をクラクションで表現!

ジョージ・ガーシュウィン『パリのアメリカ人|An American in Paris』

アメリカ音楽を確立し、ジャズとクラシックを橋渡ししたジョージ・ガーシュウィンの交響曲『パリのアメリカ人』は、彼がフランスで過ごした思い出を込めた音楽による紀行です。

そのなかで、パリで仕事をするタクシードライバーの鳴らすクラクションが音楽に使われていて、四つのクラクションの音を使い分けて演奏します。ちなみに当時のクラクションは、現在福引などで鳴らされるパフパフラッパのようなものでした。

ニューヨークでの初演のために、ガーシュウィンはわざわざパリに行ってタクシー用のクラクションを持ち帰ってきたとか。

Vehicle horn 1920

車のクラクション(1920年)
Medvedev, CC BY-SA 3.0
出典:Wikimedia Commons


誰かの仕事というのは、日常の象徴。貴族などに注目しがちなオペラではあまり目立つ機会こそ多くはありませんが、どこにでもあった光景ですから、様々なところにその姿は見え隠れします。
それをよりリアルに奏でるには、そのものの音を使う、というシンプルだけれど柔軟な発想が、面白い曲に繋がっていったのでしょう。


クラシックの本棚
クラシック~クラシック珍曲・迷曲 意外な楽器編①


オペラハーツの編集とライターを兼任。 小中でピアノ教室に通い、中高では吹奏楽部で打楽器を担当した程度の演奏経験。 クラシック以外にロック、EDM、ボカロ、ゲーム音楽なども好んで聴く。

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。