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グレン・グールド×J.S.バッハ『ゴルトベルク変奏曲』

不眠症の伯爵のために作られた曲

約300年前、『二段鍵盤のチェンバロのためのアリアと種々の変奏』という曲が生まれました。

この曲は、不眠症に悩むドレスデンのロシア大使カイザーリンク伯爵の不眠の悩みを解消するためにJ.S.バッハが作曲したとされています。

カイザーリンク伯爵のお抱え音楽家ゴルトベルクが演奏したことによって、現在は『ゴルトベルク変奏曲』という名前で呼ばれるようになったそうです(この逸話の真偽は不明)。

グレン・グールドのデビュー盤

ゴルトベルク変奏曲』は難易度が高いこともあり、20世紀初頭まではあまり演奏するピアニストはいませんでした。

というのも、この曲の原題が示す通り”二段鍵盤”で弾くことを念頭において作られた曲ですから、一直線上のピアノでこの曲を弾こうとすると、右手と左手が何度も交錯する場面が登場し、スムーズに弾きこなすことは熟練の技術を持ったピアニストにしかできないのです(二段鍵盤のチェンバロであれば、腕が交差することはありません)。

この難曲を一人の天才がレパートリーに取り上げました。それがカナダ人ピアニスト、グレン・グールドです。グールドはデビュー音源でプロデューサーの反対を押し切り『ゴルトベルク変奏曲』を録音しました。

グールドのゴルトベルクは、クラシックとしては異例の大ヒットとなり、その斬新な演奏スタイル、大胆な曲解釈で、「バッハの再来」と喝采を浴びることになります。

対立法的、脳

グレン・グールドがなぜここまで見事にバッハを弾きこなせたのか? それは、グールドがピアニストとしての技量が優れているのは当然としても、決してそれだけではないようです。
グールドのエピソードにこんなものがあります。

「シェーンベルクを譜読みしながら、ラジオを聴き、テレビを観る」
「複数人の話を同時に聞くことができる」

聖徳太子を思わせるこのエピソード。
ときどき、こういう人がいたりもするけれど、グールドはもっと高い次元でそれができた人なのではないでしょうか。

グールドは、初めてゴルトベルクを弾いたときもそこまで苦に感じなかったそうです。彼が左利きだったこともいくぶん関係あるかもしれませんが、脳の構造が対立法的にできていたんじゃないか、と思うぐらいグールドの弾くバッハは美しい。

バッハといえば対立法。対立法の最高形式フーガを発展させて完成させたのはバッハと言われるぐらいです。

それぞれのメロディが独立して、有機的に絡まり合い、一つの宇宙を作りあげていく。グールドにとっては、単独のメロディが二重、三重と、淡々と重ねられていくことは、「難解なこと」ではなく、「自然に感じること」だったのかもしれません。

グレン・グールド『ゴルトベルク変奏曲』の名盤

グレン・グールドは2枚の『ゴルトベルク変奏曲』を残しています。1枚はデビュー作の55年盤で、ニューヨークのコロンビアでモノラル録音されました。もう1枚は晩年81年の演奏で、こちらもニューヨークでの録音ですが、81年盤はデジタル録音されています。

55年盤は瑞々しく、躍動的で、いくぶん挑発的ともいえるスピード感が特徴です。81年盤は、デビュー作と違って、非常に精緻。そしてゆったりと浮遊するような旋律が印象的です。

どちらも記念碑的な驚異的な音源です。ぜひ、聴き比べてみてください。



J.S.バッハ『無伴奏チェロ組曲』を読む


 

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