音楽と踊りを純粋に楽しむ抽象バレエ『シンフォニー・イン・C』の構成や制作経緯を解説|23年1月に新国立劇場バレエ団で上演予定
バランシンが振り付けたアブストラクト・バレエのひとつ『シンフォニー・イン・C』。
実は、初演時には別の『水晶宮』という題名が付けられていました。
この記事では『シンフォニー・イン・C』の構成や制作経緯、同作を含めたアブストラクトバレエについて解説します。
2023年1月に行われる新国立劇場バレエ団の「ニューイヤー・バレエ」公演でも上演が予定されています。
ぜひ本記事をきっかけに『シンフォニー・イン・C』及びアブストラクトバレエについて学び、「ニューイヤー・バレエ」を鑑賞予定の方は予習としてお役立てください。
【アブストラクト・バレエとは】 「アブストラクト(英:abstract)」とは、抽象的、概要といった意味です。『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』などの古典作品のように、ストーリーに沿って踊りを展開していくのではなく、ストーリーのない抽象的なバレエ作品のことを「アブストラクト・バレエ」といいます。 衣装や舞台装置もシンプルなものが多く、バレエのパ(技)や、パの組み合わせ、ダンサーの美しさをダイレクトに楽しむことができます。記事後半でより詳しく解説します。 |
1. バレエ作品『シンフォニー・イン・C』とは
ジョージ・バランシン(※)が振り付けた『シンフォニー・イン・C』は、ストーリーのない抽象的なバレエ、いわゆる「アブストラクト・バレエ」に分類される作品です。
初演は1947年。バランシンがパリ・オペラ座バレエ団に呼ばれ、振付を行いました。
音楽は、オペラ『カルメン』の作曲者として名高いジョルジュ・ビゼーの『交響曲ハ長調』です。
全4楽章で構成され、各楽章にメインのダンサー(エトワール)、次順位のダンサー(ソリスト)、群舞(コール・ド)が配置されています。
※ジョージ・バランシン(1904-1983) … ロシアを代表するバレエ団「バレエ・リュス」で活躍した振付家であり、現在のニューヨーク・シティ・バレエ団の設立者。参照:20世紀の奇跡のバレエ団「バレエ・リュス」とは?バレエ・リュスの歴史や創設者ディアギレフについて解説/ 4. バレエ・リュスで活躍したダンサー・振付家 ── 4-5 ジョルジュ(ジョージ)・バランシン
1.1 「交響曲ハ長調」の作曲者 ジョルジュ・ビゼーについて
ジョルジュ・ビゼー 出典:Wikimedia Commons
『シンフォニー・イン・C』の音楽「交響曲ハ長調」を作曲したのは、フランスの作曲家ジョルジュ・ビゼー(1838年〜1875年)です。
父は声楽教師、母はピアニストという家庭で育ち、9歳で入学したパリ音楽院でピアノ、オルガン、作曲を学びました。
代表作はオペラ『真珠採り』『アルルの女』『カルメン』などです。
『カルメン』の初演から約3ヶ月後に、敗血症のため36歳の若さでこの世を去りますが、死後、ビゼーの音楽は世界的に認められるようになりました。(水浴後の心臓疾患を死因とする説もあります)
1.2『交響曲ハ長調』について
ビゼーの『交響曲ハ長調』は、1855年、ビゼーが17歳のときに作曲した習作(練習用の作品)です。
オペラ『ファウスト』や声楽曲『アヴェ・マリア』の作者として知られるフランスの作曲家シャルル・グノーの影響を受けていると言われています。
『交響曲ハ長調』作曲当時のフランスでは、オペラ以外の音楽の人気がなく、『交響曲ハ長調』作曲後80年、ビゼーの死から数えると60年経ってから初演が行われました。
フランス語では「Symphonie en Ut majeur」、英語では「Symphony in C」と表記します。
詳しくは後述しますが、バランシンはこの『交響曲ハ長調』の英題をそのままバレエの作品名にしたのです。
クラシック音楽の曲名によく添えられる「○長調」「○短調」の部分は、ドの音を基準に、明るい音使い(長調・メジャー)か暗い音使い(短調・マイナー)かを示しています。
音の高さといえば「ドレミファソラシ」で習うことが多いですが、このドレミはラテン語での呼び方で、日本語では「ハニホヘトイロ」、フランス語では「Ut,Re,Mi,Fa,Sol,La,Si」、英語では「CDEFGAB」と呼んでいます。
2. バレエ『シンフォニー・イン・C』の構成
バレエ『シンフォニー・イン・C』は、4つの楽章で構成されています。
それぞれに、メインダンサーとなるエトワール(男女1組)、ソリスト(男女2組)、コール・ド(6〜8名)が配置されます。
1〜4楽章の特徴をご紹介します。
※エトワール:フランス語で星を意味する。最高位のダンサーのこと。英語ではプリンシパルと呼ぶ
※ソリスト:エトワール(プリンシパル)に次ぐ順位のダンサー
※コール・ド:群舞
2.1 第1楽章
第1楽章は、幕開けにふさわしい、明るく華やかな音楽です。
速さは、「陽気に速く、いきいきと」「活発に」を意味する「アレグロ・ヴィーヴォ(allegro vivo)」です。
音符を1つも余すことなく、細かいパ(バレエのステップ、技のこと)が入れられているのが特徴です。
第1楽章には、エトワール1人とソリスト2人の計3名の男性ダンサーが登場します。男性だけで踊る場面も多く、男性の見せ場が多い楽章といえます。
2.2 第2楽章
第2楽章は、第1楽章と打って変わってゆっくりとしたアダージオになります。
エトワール(の女性ダンサー)を大きくリフトしたり、アラベスク・パンシェ(後ろに足を上げた状態で前傾し、足をさらに高く上げること)などが多く取り入れられ、動きの美しさや男性ダンサーのサポート力の高さをじっくりと堪能できるのが特徴です。
第2楽章のエトワールは、エトワール(プリンシパル)の中でも看板ダンサーがキャスティングされることが多いです。
そのため、ほかの楽章に比べて、ソリストやコール・ドの動きは少なく、ひと際エトワールに注目が集まりやすくなります。
▼ アラベスク・パンシェをしているダンサーの様子(下記はバランシン作品『ピアノと管弦楽のためのムーヴメンツ』)
2.3 第3楽章
第3楽章は、再び音楽が明るく快活になります。速度記号は「アレグロ・ヴィヴァーチェ(allegro vivace)」。「快活に」「活発に」といった意味です。
エトワールからコール・ドまで細かくパが詰め込まれており、ジャンプや繰り返しの動きが多いため、個人的には全ての楽章の中で最もハードなのではないかと思います。
2.4 第4楽章
第4楽章は、第3楽章と同じく「アレグロ・ヴィヴァーチェ」の速さです。
フィナーレにふさわしく明るく華やかな音楽で、音楽が盛り上がるときは大きなジャンプ、小さなときはポワントワーク(トゥシューズで立って行う動きのこと)など、音楽の強弱に合わせて踊りが展開されます。
第4楽章のエトワール、ソリスト、コール・ドがひとしきり踊ったあとは、1〜3楽章のエトワール、ソリスト、コール・ドが次々と登場し、最後には出演者全員で踊る豪華なフィナーレとなります。
出演者全員が舞台に勢揃いし、エトワールからコール・ドまでの全ての女性ダンサーが一斉に踊るシーンは圧巻です。
ラストは、男性ダンサーも含めた全員で踊り、ピタッと最後のポーズを決めて終了します。
▼第4楽章のラスト1分ほど
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