ジュゼッペ・ヴェルディ|Giuseppe Fortunino Francesco Verdi 1813-1901
3. 代表曲
3.1 オペラ『ナブッコ』より、合唱曲
「行け、わが想いよ、黄金の翼に乗って」| Va, pensiero “Nabucco”
ミラノ・スカラ座合唱団 ミラノ中央駅
1842年ミラノ・スカラ座初演。
ヴェルディの出世作、オペラ『ナブッコ』の第3幕第2場で歌われる合唱曲。現在もイタリアの第二の国家として親しまれ、日本でもよく歌われる人気の合唱曲です。
題名役ナブッコは「旧約聖書」に登場するバビロニア王ネブカドネザル2世のこと。多数のヘブライ人をバビロンに強制移住させた「バビロン捕囚」のエピソードを基にしています。「行け、わが想いよ、黄金の翼に乗って」は、囚われの身となったヘブライ人たちが故国を想って歌う歌です。
「バビロン捕囚」ジェームズ・ティソ画 出典:Wikimedia Commons
ヴェルディのオペラの大きな特徴の一つは、合唱の活用です。当時のイタリアで主流だった「ベルカント・オペラ」は、スター歌手の声を聴かせるための独唱がメイン。そんな中、ヴェルディの『ナブッコ』は大規模な合唱のパワーで聴衆を圧倒しました。
『ナブッコ』の元の台本では、この部分が愛の二重唱になっていたところを、ヴェルディが台本作家テミストークレ・ソレーラを監禁してまで合唱に書き直させたとか。
CORO DI SCHIAVI EBREI dall’opera in quattro parti Nabucco
冒頭は全パートが同じメロディのユニゾンで進行し、「おお、美しく、失われた祖国よ!(Oh, mia patria sì bella e perduta!)」にさしかかる部分で大きなクレッシェンド。その後、歌詞が情景描写から感情描写に変わるところで、初めて各声部が分かれ重厚なハーモニーに変化します。音楽構造的に「祖国」という言葉に強く引き込まれる形になっています。
ヘブライ人が歌う自由への憧れが、当時オーストリアの支配下にあったミラノ市民のナショナリズムを刺激したと言われます。台本を書いたテミストークレ・ソレーラは政治的な人物でもあったので、意図を持ってこの場面を書いたと思われます。ヴェルディはそこに、強烈に心を揺さぶる音楽を付けたのでした。
3.2 オペラ『リゴレット』より、テノールのアリア
「女心の歌」| La donna è mobile “Rigoletto”
「三大テノールコンサート」ズービン・メータ指揮、ロサンジェルス・フィルハーモニック
1851年ヴェネツィア・フェニーチェ劇場初演。
オペラ『リゴレット』第3幕で、プレイボーイのマントヴァ公爵が歌う、有名なテノールのアリアです。どこかで聴いたことがあるのではないでしょうか。
復讐を果たし、マントヴァ公爵の遺体袋を受け取ったリゴレット。直後、公爵が歌う「女心の歌」が聞こえ、公爵がまだ生きていることを知ります。では、この遺体は・・・
劇中最も衝撃的な場面のキーワードとして、この陽気なメロディを使うという戦慄。音楽による神がかり的な劇展開です。
「女心の歌」はヴェルディも自信作だったようで、ヴェネツィアでの初演ギリギリまでこの曲を隠していました。初演終演後は、至る所でゴンドラの漕ぎ手らがこの歌を口ずさんでいたとか。
参考動画は、ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスによる「三大テノールコンサート」(1994年)での歌唱です。「三大テノールコンサート」は、1987年に白血病を患うも奇跡的な回復を遂げたカレーラスの復活を祝し、ライバル同士だった3人が共同で始め、2003年まで開催されました。
3.3 オペラ『椿姫』より、二重唱
「乾杯の歌」| Libiam ne’ lieti calici “La traviata”
プラシド・ドミンゴ、イレアナ・コトルバシュ、ジェイムズ・レヴァイン指揮、メトロポリタン歌劇場1981年
1853年ヴェネツィア・フェニーチェ劇場初演。
今日、世界で最も上演されているオペラといえば、この『椿姫』ではないでしょうか。「ズンチャッチャ、ズンチャッチャ」のワルツのリズムで始まる「乾杯の歌」は特に有名です!
第一幕、高級娼婦ヴィオレッタの館で夜な夜な繰り広げられる社交界のパーティ。「乾杯の歌」は、貴族の青年アルフレードが歌い始め、ヴィオレッタが加わって二重唱になり、最後は全員が合唱する劇中歌です。
『椿姫』はヴェルディ初のプリマドンナ・オペラで、ヴィオレッタのモデルは二番目の妻でソプラノ歌手のジュゼッピーナと言われています。
2人は長く同棲を続け結婚せずにいました。これは当時のカトリックの倫理観では考えられないことであり、女性歌手という職業も娼婦のような存在と思われていました。ヴェルディの故郷ブッセートで村八分に近い扱いを受けながら、献身的にヴェルディを愛したジュゼッピーナ。その姿は、高級娼婦と後ろ指を指されながら自己犠牲的に一人の男性を愛した、ヴィオレッタの姿と重なります。
3.4 ミサ曲『レクイエム』より
「怒りの日」| Dies Iræ “Requiem”
ダニエル・バレンボイム指揮、ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団
1874年ミラノ、サン・マルコ教会初演。
テレビや映画のBGMでも、あまりにも有名なこの合唱曲!モーツァルト、フォーレとともに「三大レクイエム」と並び称される傑作です。日本でもたびたび演奏されています。
VERDI–REQUIEM-CONDUCTORS SCORE
『レクイエム』の第2曲「怒りの日」は9つのセクションから成りますが、有名な旋律が登場するのが冒頭の「怒りの日|Dies irae」です。
ト短調の強烈な4つの主和音の後、男声が緊迫感のある複付点の半音階で上昇すると、女声も加わり絶叫のようなフォルテッシモ(ff)に。直後に天から転げ落ちるような弦楽器が現れ、強く太鼓の皮を張ったバスドラムが雷鳴のような鋭い音を鳴り響かせます。
合唱は炎が舞い移るような転調を経ながら、ピアニッシッシッシモ(pppp)までボリュームを落とし、「全てを打ち砕く裁きが下るとき、恐ろしさに震えあがるだろう」の文言の部分に至ると、全員が地を這うような低い声で、歌うのではなく朗誦します。最後は主調の下属調(ハ短調)の和音で終止。バンダ(別動隊)を配置した荘厳なトランペットのファンファーレに引き渡され、次曲「ラッパの不思議な音が|Tuba mirum」につながります。
「怒りの日」とはカトリックの、世界の終わりに天国か地獄かに振り分けられる「最後の審判」の日のことです。
システィーナ礼拝堂「最後の審判」ミケランジェロ作1541年 出典:Wikimedia Commons
ヴェルディの『レクイエム』は初演時、賛否が巻き起こりました。指揮者ハンス・フォン・ビューローは、「聖職者の衣をまとったヴェルディ最新のオペラ」と皮肉を述べています。確かにこれは、それまで誰も聴いたことがない宗教音楽でした。神に奉仕すべき音楽が、神を押しのけて聴衆の平静を奪い去ってしまうからです。
ヴェルディの『レクイエム』は、死後の安らぎに思いを馳せるのではなく、死の恐怖に真っ向から向き合います。ヴェルディは『レクイエム』で、自身の死生観を真摯に表現したのでした。オペラを通じて人間の真実を描こうとしたヴェルディは、常に「死」そのものと対峙してきたからです。
『レクイエム』初版楽譜、1874年 出典:Wikimedia Commons
参考文献
「ヴェルディ オペラ変革者の素顔と作品」加藤浩子著 平凡社(2013年)
「ヴェルディ(作曲家・人と作品シリーズ)」小畑恒夫著 音楽之友社(2004年)
「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」加藤浩子著 東京書籍(2002年)
「ヴェルディ(大作曲家)」ハンス・キューナー著/岩下久美子訳 音楽之友社(1994年)
「ヴェルディとワーグナー 音楽とドラマのかなたへ」荒井秀直著 東京書籍(1994年)
「ヴェルディ 太陽のアリア(作曲家の物語シリーズ)」ひのまどか著 リブリオ出版(1989年)
「スタンダード・オペラ鑑賞ブック2 イタリア・オペラ(下)」音楽之友社編 音楽之友社(1998年)
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