宮下奈都『羊と鋼の森』×メンデルスゾーン『結婚行進曲』~小説を彩るクラシック#29
山崎賢人主演の映画も好評!宮下奈都『羊と鋼の森』
宮下奈都は福井県出身の小説家です。三人目の子どもを妊娠中に執筆した『静かな雨』で文學界新人賞に入選して作家デビュー。『誰かが足りない』が本屋大賞で七位受賞。『羊と鋼の森』で本屋大賞受賞。山崎賢人主演、橋本光二郎監督、音楽には久石譲と辻井伸行も参加しての映画化、水谷愛による漫画化もされました。
『羊と鋼の森』
『羊と鋼の森』は、ピアノの調律師(ピアノの音程調整などのメンテナンスを行う職人)を主人公にした作品です。文藝春秋発行の『別冊文藝春秋』にて2013年11月号から2015年3月号まで掲載され、同年に単行本が刊行されました。
あらすじ ピアノ調律師の成長物語
主人公の外村(とむら)は、高校2年生のとき、偶然学校のピアノを調律しに訪れていた板鳥宗一郎の調律の音に心を奪われ、ピアノの調律師を目指すことを決意します。
生まれてはじめて北海道を出て、本州の専門学校に通い、調律の勉強をし、憧れの板鳥が務める江藤楽器に就職することが決まります。
外村は先輩調律師の柳について、日々調律の腕を磨いていきます。柳は、ざっくばらんな兄貴分といったキャラクターで、内向的な外村に、公私ともに有益なアドバイスを送ります。
先輩調律師の秋野は、元はピアニストを目指していたという経歴の持ち主で、登場時は、皮肉屋で外村に対して辛辣な態度を取るのですが、真摯にピアノと向き合う外村に対して徐々に鋭い助言を送るようになっていきます。
江藤楽器のエース調律師板鳥は、海外のピアニストから名指しで調律を頼まれるぐらいの凄腕で、ほとんど事務所にはいません。作中では、外村がピアノの調律で道を迷いそうになったときに、ハッとするような言葉を送るメンター的存在として描かれます。
物語の序盤で、外村が板鳥に調律について訊ねる場面があります。
「こつこつ、どうすればいいんでしょう。どうこつこつするのが正しいんでしょう」
必死だった。息を切らせている僕を板鳥さんは不思議そうに見る。
「この仕事に、正しいかどうかという基準はありません。正しいという言葉には気をつけたほうがいい」
そう、板鳥は言います。加えて「仕事でホームランを狙ってはだめだ」ということを外村に伝えます。
板鳥は、詩人・小説家の原民喜の言葉を引用します。
「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」
これこそが、板鳥の理想とするピアノの音だということを外村に話し、外村はこの言葉を胸に刻みます。
外村は、徐々にピアノの調律を任せられるようになっていくのですが、ある家で、物語の鍵となる双子の姉妹が登場します。
姉の和音(かずね)は、引っ込み思案で、妹の由仁(ゆに)は、社交的。弾くピアノも対照的で、和音は静かにおとなしく弾くのに対して、由仁ははっきりとした音を鳴らします。
外村は、姉の和音の音に言いようもないぐらい惹きつけられます。たいていの人は由仁の演奏のほうに感心するのですが、外村は和音のピアノになにか特別なものを聴きとったようです。
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