スチュアート・ダイベック『冬のショパン』× ショパン『ワルツ』と『夜想曲』 小説を彩るクラシック#4

ストーリー

東欧系の移民たちが暮らすアパートで、主人公のマイケル(僕)は、戦争未亡人の母と、放浪癖のある祖父ジャ=ジャと暮らしています。
“スペリングの宿題をやっている”という描写から、マイケルは小学校低学年くらいの年齢だと思われます。

ある冬、上の階に住んでいる大家のミセス・キュービアックの娘、マーシーがニューヨークから帰ってきます。マーシーは優秀で、奨学金をもらって音楽大学に行っていたのですが、妊娠が発覚したために家に戻ってきたのでした。

キュービアック家からは大学に(高校すらも)進学した人は一人もいなかったので、ミセス・キュービアックは泣きながら、下の階に暮らす「僕」の母親に「せっかく大学まで音楽を学びに行っていたのに……」と娘のことを嘆きます。

マーシーは妊娠した相手のことを決して話しません。部屋に閉じこもってピアノばかり弾いています。そこで孤独に奏でられる音楽がフレデリック・ショパンの名曲の数々なのです。

フレデリック・ショパン『華麗なる大円舞曲』

この小説は少年マイケルの目を通して描かれます。マイケルは年上の魅力的な女性マーシーに憧れのような感情を抱いていて、頑固でぶっきらぼうな祖父ジャ=ジャには、敬意と、怖れと、少しだけ憐れみのような気持ちを持っています。

ある日、マーシーが上の階でピアノを弾いているとジャ=ジャは、こんなことを言いだしました。

「毎晩ショパンだ───ショパンしか頭にないんじゃないか、え?」
僕は肩をすくめた。
「お前、知らんのか?」
~中略~
「そんなこと、僕が知るわけないじゃない」
「じゃ何かね、『華麗なる大ワルツ』を聞いても、知るわけないじゃない、か? あれを作曲したときショパンが二十一歳、あの娘と同じくらいの齢だったことも、知るわけないじゃない、かね? あれはパリへ行く前に、ウィーンで作曲したんだよ。そういうこと、学校で教わらんのか? お前、何を勉強してるんだ?」
~中略~
「この曲、知ってるか? 知らない? 『華麗なるワルツ』だ」
「こないだのやつもそう言わなかったっけ」
「こないだのって何だ? 変ホ調のか? あっちは『華麗なる大ワルツ』だ。これは変イ調。変イのはもうひとつある。作品42、そっちは『大ワルツ』。わかったか?」

スチュアート・ダイベック(2003年)
『シカゴ育ち』“冬のショパン”
柴田元幸訳 白水Uブックス

ジャ=ジャは、その放浪癖から子どもや親戚からは変人だと思われていて、財産といえるものを持たず(二枚の上着だけ)、毎晩お湯を入れたバケツに足を入れて、ぶすっとしています。

そんなみすぼらしく描かれるジャ=ジャが、実は教養があり博識だということが明かされるユニークなシーンです。おそらくマーシーは、ショパンのワルツを第1番から練習していたのでしょう。

1982年、福島県生まれ。音楽、文学ライター。 十代から音楽活動を始め、クラシック、ジャズ、ロックを愛聴する。 杉並区在住。東京ヤクルトスワローズが好き。

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