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グスタフ・マーラー 〜マーラーとバーンスタイン〜

バーンスタインが自己投影したマーラー

グスタフ・マーラー。クラシック音楽に精通していない人でもどこかでその名前は聞いたことがあるでしょう。
クラシックといえばバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンが有名ですが、「交響曲といえば?」と問われたら、真っ先に名前が挙がるのがこのマーラーです。

マーラーの音楽といえば、ドラマチックで、難解で、重厚。良く言えば雄大にして精緻、悪く言えばやたら長くて大げさ。曲は知らなくても、そんなイメージが浮かんでくるはず。

実はこのマーラー、クラシックの長い歴史の中で有名になったのはわりと最近の話です。題材に取り上げる指揮者もあまりいなかったし、聴衆にとってはまったくポピュラーな存在ではありませんでした。

それをある指揮者がしつこく何度も取り上げて、マーラーを一躍有名な存在に押し上げたのです。
それが、レナード・バーンスタインです。

ユダヤ系アメリカ人のレナード・バーンスタインはマサチューセッツ州ローレンス生まれ。
親の反対を押し切って、プロの音楽家になることを目指し、アメリカ人初のニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に就任し、アメリカクラシック界のスターとなります。
指揮者としての名声を高めながら、自身も作曲を行い、交響曲『エレミア』、ミュージカル音楽の『ウェスト・サイド・ストーリー』を書いて、成功を収めました。

まるで私自身が書いているように感じる

バーンスタインが生涯をかけて追及したのが、グスタフ・マーラーの音楽です。
バーンスタインの弟子だった小澤征爾は、彼がニューヨーク・フィルとともにマーラーの全集をレコーディングしているとき、アシスタントをしていました。
若者だった時代の小澤征爾は、取り憑かれるようにマーラーに取り組むバーンスタインを一番近くで見ていました。
「彼(バーンスタイン)はしつこく、しつこくマーラーを演奏していた」と小澤征爾は語ります。
それまで、マーラーを聴くという習慣がまったくなかった時代に、バーンスタインはマーラーの音楽に真剣に向き合い続けました。

「でもマーラーの音楽って長いあいだそんなに広くは聴かれなかったですよね。それはどうしてだろう?」

小澤「僕は思うんだけど、オーケストラが実際に演奏してみて、これは面白いんじゃないかと自分たちで思い始めた。それがマーラー復興の直接のきっかけじゃなかったのかな。彼らが面白いと思い始めて、それで競ってマーラーを演奏するようになったんです。バーンスタインのあと、どこのオーケストラも好んでマーラーを取り上げるようになりました。とくにアメリカでは、マーラーが演奏できなきゃオーケストラじゃないみたいな風潮も出てきた。アメリカばかりでなく、ウィーンなんかも本家だからということもあって、必死になって取り組みだしたんじゃないかな」

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』

バーンスタインのそばにいて、マーラーが世界に浸透していく様を近くで見ていた小澤征爾の言葉だけあって説得力があります。

自身も作曲家で、しかもマーラーと同じユダヤ人であるバーンスタインは、宿命的に、マーラーに惹かれます。

マーラーは自分自身を常に異邦人だと感じていました。オーストリアにおいてはボヘミア人、ドイツの中ではオーストリア人、そして世界においてはユダヤ人という風に。
マーラーの死後、ナチス・ドイツが台頭したことにより、世界情勢は「反ユダヤ」に傾いていきます。そのあおりを受けて、マーラーを演奏されることはなくなっていきました。

バーンスタインがマーラーに傾倒した理由のひとつに、この「ユダヤ性(民族性)」というのは無関係ではないでしょう。バーンスタインは、マーラーに対しても、その音楽に対しても民族的なアイデンティティーを強く意識していたはずです。
そう、「まるで自分自身が書いている」かのように。

マーラーほどオーケストラの機能をフルに使える作曲家はいない、そう感じたバーンスタインにとって、それは極めてチャレンジングなことでした。

マーラー・ブーム

マーラーの生誕100年の後、1970年代からマーラー・ブームが起こります。
来日する演奏家はこぞってマーラーを取り上げ、数多くのレコーディングが行われました。これによってマーラーは、一気にメジャーな存在になっていきます。
現在では「ブーム」という一過性な現象は過ぎ去り、クラシックの歴史の中で正当な地位を獲得したといえるでしょう。

マーラーの音楽は、演奏するほうも聴くほうも体力と気力が必要です。
その音楽からは世紀末ウィーンの混乱と狂気を感じるし(エゴン・シーレやクリムトの匂いもする)、ボヘミア的異国情緒や田園風景を思わせる牧歌的な雰囲気も感じます。

シリアスなのに雑多という一聴しただけでは到底理解できない、ミステリアスな世界観。それでいて音楽は巨大、メロディは圧倒的。そんな音楽がドイツの正統とは違ったところから現れ、そして、非ヨーロッパ系ユダヤ人のバーンスタインによって広められたというのも面白い。

”圧倒”を体験したかったら、マーラーの交響曲を。
とにかく「長く、わけがわからない」と感じるかもしれないけれど、なにもかもが「速く、便利」になっている時代に、腰を据えて、映画を観るように音楽と向き合ってみるのも一つの贅沢だと思います。


参考文献
小澤征爾,村上春樹(2014年)『小澤征爾さんと、音楽について話をする』新潮文庫


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