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レビュー:オペラ『美しきまほろば〜ヤマトタケル』2022年7月2日キャスト 新国立劇場 中劇場

オリジナルのグランド・オペラ再演
実力ある豪華な歌手陣が
古代日本の英雄伝説の世界へと誘う

隅々まで贅を尽くした舞台

昨年、世界文化遺産である京都の上賀茂神社「細殿」で初演することのできたこのオペラ。コロナ禍において、全2幕の完全オリジナルのグランド・オペラを初演、再演と2年続けて上演できたのは奇跡的なことと思う。今回は、劇場での上演で、舞台の細部まで落ち着いて見ることができた。豪華な衣装、たくさんの日舞、コンテンポラリーのダンサー、大勢の迫力ある合唱、そしてプロジェクション・マッピングの使用など、贅を尽くした舞台に圧倒された。

英雄伝説が示す普遍の思い

左からヤマトタケル(西村悟)、道化(山崎バニラ)、オトタチバナヒメ(腰越満美) 山崎バニラInstagramより

物語はヤマトタケルの英雄伝説。すれ違い、分かり合えない景行(オホタラシヒコ)の帝とヤマトタケル親子の葛藤、ヤマトタケルの妻であるオトタチバナヒメの愛する夫を思うが故の献身と自己犠牲、景行の妹である斎宮の慈愛と導き、そして国づくりの先にある平和なふるさとへの憧れ……、と時代や場所を超えた共感できる普遍の複数のテーマが並行して物語は進んでいく。

海神への人身御供となるオトタチバナヒメ(腰越満美)のアリア

それぞれの役をきっちりと演ずる歌手がすばらしかった。若くて血気盛ん、でも父に理解されない憂いも抱えたヤマトタケルに西村悟、本当のことがわかっていない帝、景行に泉良平、第2幕の始まりで大活躍したオトタチバナヒメに腰越満美、ヤマトタケルの息子である若建王(ワカタケノミコ)に濱田翔、みなそれぞれ聴かせどころのソロはもちろん、抑えの効いた感情の動きも、見る者をどんどん物語に集中させてしまう巧みさだった。

左上:白い神(写真上、鈴木康夫)と対峙するヤマトタケル(写真下、西村悟)
右上:日輪(岡幸二郎) 下:斎宮(林美智子)

そしてシングルキャストの白い神の鈴木康夫、日輪の岡幸二郎、斎宮の林美智子の存在感に圧倒された。終盤に登場する岡は立っているだけで大変な荘厳さをアピール、凄みを感じた。そして林は他の登場人物に寄り添うようにそっと佇んでいる。その静かな立ち姿は凛として美しく、舞台全体を静かな心地よい緊張で満たしていた。

道化(山崎バニラ)。飛び回り、剽軽にふるまう姿は遠くの席からでも印象深かった。

道化の山崎バニラもシングルキャスト、物語の進行を務める重要な役どころ。せっかく歌うことをせずに狂言回しの役割を与えているのだからもっとしっかりと狂言回しに徹する立ち位置だったらよかったのにと思う。声もユニークでキャラクターはおもしろく好演だったので、物語の理解の助けになるセリフをもっとたくさん落ち着いて語らせてもよかったのでは。

「まほろば」が表す作品のテーマ

クライマックス、合唱

音楽は調性がなく、かといってとっつきにくい、あるいは刺激的な現代音楽というわけでもない。少しずつうつろいゆく和声に耳をすませて聴く音楽だった。音楽にははっきりと拠り所となるような際立った美しいメロディがないため、盛り上がりに欠ける印象を持った。ところが最後の最後、クライマックスで舞台にいる全員が「まほろば」と長い時間歌い続けた。これにより、ふるさとを思う気持ち、天下泰平、安穏無事な世の中であり続けることを願う思いが自然に伝わってきた。

昨年が初演で早くも今回再演を実現できた今回の公演。相変わらずコロナ禍には変わりないがたった1年で世界は大きく不穏な方向へ向かってしまった。いにしえから現代まで、「まほろば」を追い求める気持ちは不変であり、今も誰もが「まほろば」に憧れ、探し求めていることを強く感じたのだった。


公演レビュー
開幕直前!緊急インタビュー オペラ『美しきまほろば〜ヤマトタケル』
プレビュー:2022年7月2(土)・3日(日) オペラ「美しきまほろば~ヤマトタケル」新国立劇場中劇場


エディター・ライター 出版社勤務を経てフリーランスのエディター、ライターとして活動中。 クラシック音楽、バレエ、ダンスを得意ジャンルとする。

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