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レビュー:NISSAY OPERA 2022『ランメルモールのルチア』2022年11月13日(日)日生劇場

NISSAY OPERA 2022『ランメルモールのルチア』2022年11月13日(日)日生劇場
ルチア:森谷真理、エドガルド:宮里直樹、エンリーコ:大沼徹、ライモンド:妻屋秀和
アルトゥーロ:伊藤達人、アリーサ:藤井麻美、ノルマンノ:布施雅也

2年越しで実現した全幕「完全版」の上演
観た者の心に深く残る名演

コロナ禍のため、2020年にルチアの一人舞台という90分翻案版で上演してから2年の時を経て、ようやく全幕「完全版」が上演された。
観客は、17世紀スコットランドへと一気に連れて行かれ、政略結婚の犠牲となったルチアと周囲の人間の悲劇を目撃することとなった。
この作品は「ニッセイ名作シリーズ」(公益財団法人ニッセイ文化振興財団[日生劇場]が、日本生命保険相互会社の協賛を得て、「豊かな情操」、「多様な価値観」を育むために全国の子どもたちに優れた舞台芸術に触れる機会を提供している)の一環である。本公演の上演で、1964年から取り組んできたこのシリーズの累計招待者数が800万名に到達した。

演出、舞台の細かな気配り

このキャスト、柴田真郁指揮、読売交響楽団、と揃っているので公演のクオリティの高さは超一流であることはわかっていた。さらに幕が上がると、松生紘子の美術、荻野緑の衣裳の美しさに目を奪われる。田尾下哲の演出も実に丁寧で、観客にこの物語をわかってほしい、ということを意識しているのではと思えた。

まず衣裳。ルチアと兄のエンリーコはじめアシュトン家は青、エドガルドのラーヴェンスウッド家は銀、アルトゥーロは紫と色分けされており、とてもわかりやすく物語に入っていける。

二重舞台。舞台の奥にもう一つ舞台があって、前で行われている時に同時進行で別の場所の動向がわかるようになっている。これは奥が気になってしまい視線が行き来して忙しかった。けれども奥でルチアがウェディングドレスを着ている一方、前では男たちがやり取りしているというように臨場感があった。

そして大きな月と至るところで自在に行き来する不吉な泉の亡霊。大きな月は象徴的で、ただ物語の成り行きをじっと見守るかのようで、あたたかいとも冷ややかとも思える存在だった。最終シーン、月と亡霊が浮かび上がり、とても幻想的なエンディングとなっていた。

ひときわ美しかった「狂乱の場」

この作品で最も有名なのがルチアの独唱第二部第二幕「彼の優しい声」(「狂乱の場」)。

今回はドニゼッティが最初の構想で考えていたグラスハーモニカ(ヴェロフォン)が独唱に寄り添って奏でられた。
ピュアでクリア、とても繊細な音ゆえ、音楽の美しさが際立ち、ルチアの純粋な思いが美しい狂気へと変化していくさまがとてもよくわかった。グラスハーモニカの演奏は大成功だと思う。

ヴェロフォン
このファイルはクリエイティブ・コモンズ表示-継承 4.0 国際ライセンスのもとに利用を許諾されています。
参考:METによるヴェロフォンを用いた『ルチア』「狂乱の場」リハーサル映像

劇場中がルチアを見守った奇跡のあの時間、森谷は声だけでなく存在すべてが美しく悲しく激しく、ただただ引き込まれたのだった。

誰も幸せになれなかった政略結婚

終盤、ルチアへの思いを語るエドガルドによる「我が祖先の墓よ」。ずっと情熱的な熱いエドガルドを演じてきた宮里はここでは達観したかのような佇まいで魅了された。このアリアも特に旋律の美しさを再認識したと同時にこのアリアによって、この物語では誰一人幸せになることができなかったことを強く感じさせた。

周囲の男たちが大義名分の元、自分に都合のよい権利を欲しがる中、ルチアは純粋に愛に生きた人であるが故の悲劇の物語なのだが、結局周囲の男たちも幸せになれなかった。

今回の舞台は、演出、舞台美術、スコア、グラスハーモニカの導入等、あらゆる部分で物語の背景、人物描写が丁寧に描かれていたので、より一層やりきれない悲劇を意識させられたのだと思う。美しい声による超絶技巧を楽しむことはもちろん、人間の紡ぐ物語という作品の奥深さをもより深く感じられたのだった。

舞台写真提供:公益財団法人ニッセイ文化振興財団[日生劇場]
撮影:三枝近志


NISSAY OPERA次回のオペラ公演は『メデア』
続報をお楽しみに!



公演レビュー

エディター・ライター 出版社勤務を経てフリーランスのエディター、ライターとして活動中。 クラシック音楽、バレエ、ダンスを得意ジャンルとする。

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