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目覚まし時計、紙やすり、タイプライター……天才ルロイ・アンダーソンのおどけた魔法~クラシック珍曲・迷曲 意外な楽器編③

ルロイ・アンダーソンの遊び心

20世紀から活躍したアメリカの作曲家、ルロイ・アンダーソン。彼の活躍した時代は、ジャズが既に人気を博し、タンゴやサンバも人々に聞かれるようになって、大衆音楽が大きく発展した時期でした。クラシックと現代ポップソングの間を繋ぐような、楽しく軽快で聞きなじみやすい音楽が特徴です。

© 2001 – 2023 Woodbury Music Company LLC 06798 Leroy Anderson, Official Website


そんなルロイ・アンダーソンの人気のある作品には、日常の道具を楽器として使う曲がいくつもあります。巧みに取り入れられたその音には、おふざけではない知的なユーモアを感じられます。

そのなかから三曲をピックアップしてご紹介します。

シンコぺーテッド・クロック|The Syncopated Clock (1946年)


『シンコペーテッド・クロック』は時計をモチーフにした曲です。1946年発表の後、1950年代にはアメリカの人気テレビ番組のテーマソングにもなって、アンダーソンの音楽の中でも高い知名度を誇ります。

ウッドブロックという打楽器がずっとカチコチと時計の秒針のような音を刻むと、ジリリリリと目覚ましのベルが鳴ります。このベルの音はトライアングルで代用することも多いのですが、この動画のように実際の目覚まし時計のベルを使う演奏もあります。

後世、ピンク・フロイドの『Time』や平井堅版の『大きな古時計』などいろんな音楽で時計の音は取り入れられるのですが、その先駆者といえるでしょう。

多くのクラシックやジャズの楽団・アーティストがカバーしていますが、それ以外のジャンルのインストゥルメンタル・アーティストからも人気があり、シンセサイザー奏者の冨田勲や、アコースティックギターデュオのゴンチチなどによるカバーがあります。

サンドペーパー・バレエ|Sandpaper Ballet (1954年)


『サンドペーパー・バレエ』は、工作の時に使う紙やすり(サンドペーパー)で木をこするシュッシュッという音を演奏に用います。意外と響いてびっくりしますね。

スズキの軽自動車パレットのCMにも使われていました。


この曲の演奏で紙やすりを用意できないときは、マラカスやカバサという楽器で代用することが多いです。

画像左はご存じマラカス。振ると丸い部分の空洞内に入れた粒が動いて音を出す。
画像右はカバサ。円筒部分の内側に溝がついていて、そこに巻かれたボールチェーンを手で押さえながら回すと擦れて音を出す。


ちなみに、やすりはやすりでも棒やすりと似たギロという楽器もあります。

ギロ。目の粗いやすりのようなギザギザ部分にバチを擦り付けて、カエルの鳴き声のような音を出す。クラシックではストラヴィンスキー『春の祭典』で用いられる。


マラカス、カバサ、ギロのいずれも主にのサンバなどラテン音楽に用いるラテンパーカッションに分類される楽器です。
紙やすりの起用は、アンダーソンがラテンパーカッションに着想を得たのかもしれません。

ちなみに電動でやすりをかける機械のことをサンダーと言います。シュトラウス『アルプス交響曲』などに使うサンダーシートという楽器がありますが、こちらは雷のThunderで雷鳴の音を再現する楽器。語感はそれっぽいのですが別物です。

音楽全般に視野を広げると、平沢進率いる核P-MODELでの採用例があります。

タイプライター|The Typewriter (1950年)


最後に、アンダーソンの曲でも随一の有名曲『タイプライター』

今はパソコンのWordやGoogle Documentなどで書類を作りますが、その前身のワープロよりもさらに前の、コンピューター化する前の機械がタイプライターです。キーボードを押すと対応した文字のハンコが紙に押され、ペンで字を書くよりもずっと早くきれいに文字をかける道具です。

今のサラリーマンが書類を作るのと同じように、当時の勤め人が忙しなくタイピングをする様子が、ハイテンポの曲で表現されています。

タイプライターの改行の際にベルが鳴るのが曲のところどころで挟まって子気味よくメリハリをつけてくれます。

この曲でも本物のタイプライターを楽器として採用し、カチャカチャというタイプ音と改行のベルで音楽を奏でます。

ルロイ・アンダーソンはクラシック音楽を皆のものにした功労者……かも!

ルロイ・アンダーソンは大衆音楽を巧みに取り込みました。

また、ミュージカル『76本のトロンボーン』でオーケストレーションをしたり、上述のシンコペーテッド・クロックがテレビ番組テーマソングになるなど、現代の文化とも関わり合いながら音楽を作ってきました。

風変わりな楽器を使ったもの以外の曲には、『そりすべり』や『踊る子猫(ワルツィング・キャット)』など、具体的に何を表現した音楽かをタイトルにした、誰にでも感じ取りやすい曲が目立ちます。


また、アンダーソンはジョークを含んだ冗談音楽にも革命を起こしたと言われています。
それまでの冗談音楽は、先人の別の曲を知っていることが前提のパロディや、わざと下手に演奏するなどふざけながら演奏するものが主で、知識ありきの曲や、わざとやっていると分かっていないといけないものでした。

しかしアンダーソンの冗談音楽は、楽器だけは日用品でふざけているようでも、それを使って真面目に演奏をするというもので、誰にでも冗談のようだと分かるのに、お洒落で格好いいと思わせるものでした。

アンダーソンは人生を通じて、クラシック音楽を貴族や知識人階級のものから、誰もが楽しめるものに変える大きな貢献を果たしたのかもしれません。瀟洒で子気味良い曲の数々は、現在もポップ・クラシックや吹奏楽、ジャズバンドなどに演奏され継がれています。


以上、三回にわたって意外なものを楽器に使う曲を紹介しました。まだまだ面白い曲はこれだけに留まりません。

こういった愉快な曲で、クラシックがもっと身近に感じられるようになるかも?


クラシック珍曲・迷曲①、②はこちらから


クラシックの本棚


オペラハーツの編集とライターを兼任。 小中でピアノ教室に通い、中高では吹奏楽部で打楽器を担当した程度の演奏経験。 クラシック以外にロック、EDM、ボカロ、ゲーム音楽なども好んで聴く。

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