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ロックバレエ再演!『ROCK BALLET with QUEEN』2023年5月17日(水) ── ロイヤル・バレエ団との共演やモーリス・ベジャール『バレエ・フォー・ライフ』、『Teo Toriatte』に見るロックバンド「QUEEN」とバレエ、日本との関係

2.ロックバンド「QUEEN(クイーン)」

QUEENは1973年にデビューし、1970年代中頃〜1980年代に一世を風靡した、イギリスを代表する、そして世界でも最高峰の人気を誇るロックバンドです。

全世界累計で3億枚近くを売り上げ、ベストアルバムはイギリスで最も売れたアルバムとして記録されています。

https://twitter.com/queen40jp/status/1647861702174838784?s=20

また現在もCMやスポーツ応援などの場で頻繁に楽曲が流れます。日本でも大まかに三回の大きなブームがあったため、誰もが何曲かは聞き覚えがあると思います。

メンバー全員が作曲家!唯一無二の高い音楽性

クイーンの音楽性は非常に多様性に富んでいます。
ロックの様々なサブジャンルの特徴を取り入れただけでなく、ポップス、ディスコ、ブラックミュージック、果てはクラシックやオペラまであらゆる音楽を高い技術で自らの楽曲に取り入れ、活動中は常に新たなことに挑戦し続けていました。

また、四人のメンバー全員が優れた作曲家で、現在世界で唯一、メンバー全員がチャート一位の曲を作った経験があるバンドです。

挑戦しつづけたことと、四人の手によってがらりと変わる作曲のため、どんなに影響を受けたアーティストでもQUEENの全ての後継といえる人はいない、誰にも真似できないバンドでもあります。

1991年にメインボーカルのフレディ・マーキュリーがエイズ合併症の肺炎で死去し、その後1995年、遺作を補完したアルバム『メイド・イン・ヘヴン』発売をもって正規メンバーでの活動は終了しました。
しかしギターのブライアン・メイとドラムのロジャー・テイラーは、他アーティストのサポートに入ったり、ゲストメンバーを迎えたりして、現在も音楽活動を続けています。

正規メンバー

https://twitter.com/queen40jp/status/1637818639159296002?s=20

左から:ロジャー・テイラー、ブライアン・メイ、フレディ・マーキュリー、ジョン・ディーコン

フレディ・マーキュリー|1946-1991

出典:Amazon.co.jp


メインボーカルを務め、非常に豊かな声域をもった歌唱力、素晴らしいライブ・パフォーマンスで観客を魅了しました。
加えて、絵心があってバンドのロゴを制作したり、陶器の目利きができたりなど他分野の芸術にも精通していたようです。

幼少期にピアノを習っており、バレエやオペラなどクラシックにも造詣が深く、その経験を活かした曲も積極的に制作しました。クラシックとQUEENの関わりの多くがフレディを通じてのものです。

公言はしていませんでしたが同性愛者(または両性愛者)であったようで、男性にも女性にも恋人がおり、またミュージックビデオやステージ衣装で女装やゲイ・ファッションを取り入れていました。
1991年、エイズ合併症による肺炎で、45歳の若さで死去しました。
そのため偉大なアーティストであるほかに、LGBTの理解が進んでいない時期のゲイ(バイセクシャル)の著名人や、エイズ犠牲者という点でも取り上げられることがあります。

ブライアン・メイ|1947~

Queen And Adam Lambert - The O2 - Tuesday 12th December 2017 QueenO2121217-70 (39254360454)

ブライアン・メイ
クイーン+アダム・ランバートのライブより(2017年)
Raph_PH, CC BY-SA 2.0
出典:Wikimedia Commons


メインギターを務め、『We Will Rock You』などのハードロックナンバーや、バラードを多く制作しています。

もともと友人のティム・スタッフェルというベーシストと「スマイル」というバンドを立ち上げ、ドラムのロジャーを勧誘しました。その後ティムが抜け、スマイルのファンだったフレディが加入し、さらにその後ジョンが加わってQUEENを結成しています。なので、ルーツを辿るとブライアンがQUEENを立ち上げたといえます。

大学院で宇宙工学・天文学を学んでおり、音楽活動が落ち着いた後に天文学の博士号を取得しています。
そんな経歴から、『’39』のように科学・SF的な題材の曲も制作しています。

ロジャー・テイラー|1949~

Queen And Adam Lambert - The O2 - Tuesday 12th December 2017 QueenO2121217-47 (39066610085) Cropped

ロジャー・テイラー
クイーン+アダム・ランバートのライブより(2017年)
Raph_PH, CC BY-SA 2.0
出典:Wikimedia Commons


ドラムを担当。少年時代には聖歌隊に所属していたため、コーラスを担当することも多くありました。

ヒット曲の作曲は最も遅かったものの、後にレディー・ガガの芸名の由来になった名曲『RADIO GA GA』をはじめとしたポップ色の強い曲などが人気を博しました。

ソロ活動も多く、反戦、反核、反差別など社会的な内容の楽曲を作り、また自身で歌っています。

ジョン・ディーコン|1951~

Bass player queen

ジョン・ディーコン(1979年)
Eddie, CC BY-SA 2.0
出典:Wikimedia Commons


ベーシスト。作曲した曲数はフレディやブライアンに比べると少ないのですが、彼の作曲した『地獄へ道連れ/Another One Bites the Dust』はQUEENで最も売れたシングルです。

フレディの死後、数度の追悼ライブなどを行って以降は芸能界を引退していますが、現在もブライアン、ロジャーと連絡は取り合っているようで、イベントなどがあるときにメッセージを発表することがあります。

3.バレエとQUEEN

フレディはクラシック、なかでもバレエを好んでいて、インタビューなどで「バレエを大衆に広めたい」と公言していました。
有名な話だったようで、英国音楽界きっての不良シド・ヴィシャスにも「バレエの普及はうまく行ってるか?」とからかわれたそう。

Sid Vicious

『セックス・ピストルズ』のベース、シド・ヴィシャス。ドラッグ、暴力、過激なパフォーマンス等の悪行で知られる。
21歳の時、恋人を殺害した容疑に問われたまま、大麻の大量摂取で死去。
実は彼らのブレイクはQUEENがドタキャンしたTV番組の穴埋め出演からだというが、恩を感じていた様子はなく上記の通りケンカを売っている。
Chicago Art Department c/o: L. Schorr, CC BY-SA 2.0
出典:Wikimedia Commons


フレディはステージ衣装にバレエ衣装のようなタイツを多用したり、時にはバレエ・シューズを採用したこともあり、また1984年の『I Want To Break Free』のPVでは『牧神の午後』をオマージュした一場面を入れています。

ロックらしい激しさや艶めかしさを増した映像に、しかしはっきりとバレエの存在感もあるエキゾチックなPVです。

こうしたフレディからの関心にはバレエ関係者からもアンサーがあり、今回のROCKBALLET以前にもバレエとQUEENのコラボレーションが行われています。

『牧神の午後』の衣装を着たニジンスキー。偉大なスターというだけでなく、同性(両性)愛者であった点もフレディに重なる。
出典:Wikimedia Commons

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ロイヤル・バレエ団との共演

1979年、ロイヤル・バレエ団はチャリティー公演に際し、バレエ以外の分野のスターとタイアップをしようと考えていました。そこで、バレエへの関心を公言していたフレディにオファーをかけます。

フレディ自身は当初、「自分を呼ぶなんて正気だろうか」と懐疑的だったようなのですが、当時QUEENと契約していた音楽会社EMIの代表ジョセフ氏がロイヤル・バレエ団の理事長を兼任しており、どちらの業界も深く知る彼との相談を経てオファーを承諾。夢のコラボレーションが叶います。

ステージ上では、オペラの要素を取り込んだQUEENの代表曲『BohemianRhapsody』を、フレディ、バレエ団ダンサー、バレエ団オーケストラで演じました。


このステージの後、QUEENの生演奏で新曲『愛という名の欲望/Crazy Little Thing Called Love』の初お披露目もしています。

モーリス・ベジャール『バレエ・フォー・ライフ』


ROCKBALLETの前にもQUEENの楽曲を使ったバレエが作られています。バレエ界の巨匠モーリス・ベジャールによる『バレエ・フォー・ライフ』です。

フレディの死後1995年にリリースされたアルバム『メイド・イン・ヘヴン』のジャケット写真、スイス・モントルー湖畔の光景がQUEENとベジャールを繋ぎました。

スイス・モントルー湖畔に立つフレディ・マーキュリーの銅像を写したジャケット写真(余談だが、DEEP PURPLEの名曲『Smoke on the water』もモントルー湖が舞台。)


そこはフレディが晩年を過ごした地であると同時に、ベジャールが別荘を持って愛した地でした。その縁から当時御年70歳のベジャールはQUEENの音楽を聴くようになり、彼らの曲を使ったバレエの制作に至ったそうです。

また、フレディが1991年45歳でエイズに没した翌年の1992年、奇しくもベジャールの愛弟子であったバレエダンサー、ジョルジュ・ドンも同じく45歳でエイズにより亡くなっており、その点でも感じるものがあったのでしょう。
公演中の演出に在りし日のジョルジュの映像を流す部分があり、二人のエイズ犠牲者への追悼も込められた演目になっています。

映画『愛と哀しみのボレロ』劇中で踊るジョルジュ・ドン

QUEENの17曲とモーツァルトの4曲からなるこのバレエの初演では、公演の後にブライアン、ロジャー、ジョンの三人が、エルトン・ジョンを代理ボーカルに迎えてライブ演奏を行った、メンバーも公認の傑作です。
日本では直近で2021年に、モーリス・ベジャールバレエ団の来日公演がありました。映像ソフトも販売されています。

その後もバレエとQUEENの縁は緩やかに残っており、2015年には『BohemianRhapsody』リリース40周年記念の企画で、英国ナショナルバレエ団によるパフォーマンスビデオが制作されています。

英ナショナルバレエ、リードプリンシパルの高橋絵里奈、ファーストソリストのジェームズ・フォーバットによるパフォーマンス

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オペラハーツの編集とライターを兼任。 小中でピアノ教室に通い、中高では吹奏楽部で打楽器を担当した程度の演奏経験。 クラシック以外にロック、EDM、ボカロ、ゲーム音楽なども好んで聴く。

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