古代エジプトが舞台のスペクタクル・オペラ、ヴェルディ『アイーダ』～あらすじや曲を紹介～

６.ジュゼッペ・ヴェルディ

1880年パリ公演でアイーダを指揮するヴェルディ
アドリアン・マリ画
出典：Wikimedia Commons

ジュゼッペ・ヴェルディ（正式名：ジュゼッペ・フォルトゥニーノ・フランチェスコ・ヴェルディ）は、イタリア・オペラの大巨匠！その人気が高じ、国会議員にもなりました。

少年時代は、ほぼ独学に近い状態で音楽を勉強。入学不合格になったため、音楽院も出ていません。しかしそれにより、強烈に感情に訴えかける音楽、劇的で鋭い舞台感覚というヴェルディの才能が、型にはまらずのびのびと発揮されることになりました。

ヴェルディ最大の功績は、オペラを「泣けるオペラ」にしたこと！現在もヴェルディの多くのオペラが、世界中で上演され続けています。

ヴェルディの生い立ちなど、詳しくは「作曲家ジュゼッペ・ヴェルディ」も併せてご覧ください。

ジュゼッペ・ヴェルディの略歴

［1813年　0歳］
10月10日、現北イタリアのレ・ロンコーレに生まれる。

［1832年　19歳］
ミラノの音楽院受験で不合格、ミラノで個人レッスンを受ける。

［1842年　29歳］
３月９日、オペラ『ナブッコ』ミラノ・スカラ座初演。

［1847年　34歳］
３月14日、オペラ『マクベス』フィレンツェ・ペルゴラ劇場初演。ジュゼッピーナ・ストレッポーニと同棲を始める。

［1853年　40歳］
３月６日、オペラ『椿姫』ヴェネツィア・フェニーチェ劇場初演。

［1859年　46歳］
２月17日、オペラ『仮面舞踏会』ローマ・アポロ劇場初演。８月29日、ジュゼッピーナ・ストレッポーニと結婚。

［1861年　48歳］
イタリア統一、国会議員に選出される。

［1869年　56歳］
テレーザ・シュトルツとの愛人関係が深まる。

［1870年　57歳］
６月、オペラ『アイーダ』の作曲に取り掛かる。７月に普仏戦争勃発、『アイーダ』初演延期。

［1871年　58歳］
12月24日、オペラ『アイーダ』カイロ初演。

［1872年　59歳］
２月８日、テレーザ・シュトルツ主演でオペラ『アイーダ』ミラノ・スカラ座上演。

［1893年　80歳］
２月９日、最後のオペラ『ファルスタッフ』ミラノ・スカラ座初演。

［1899年　86歳］
養老院「音楽家のための憩いの家」ミラノ郊外に完成。

［1901年　87歳］
１月27日、卒中により他界。

７.オペラ『アイーダ』の制作背景と時代

エジプトのピラミッドとスフィンクス
出典：Wikimedia Commons

オペラ『アイーダ』はエジプトが舞台で、初演もエジプト。しかし、ヴェルディはエジプトに行ったことがありません。船旅を嫌い、カイロ初演も行かなかったぐらいです。

ヴェルディがなぜエジプトのオペラを書くことになったのか、見たこともないエジプトの情景をどうやって描き出したのか、また作曲中に起きた大事件などをご紹介します。

７-１.スエズ運河開通記念のオペラハウス

エジプト・カイロにある国立オペラハウス

オペラ『アイーダ』の依頼人は、エジプトの太守イスマイル・パシャ（1830-1895）。スエズ運河開通（1869年11月17日）記念のためにカイロに建設したオペラハウスの、こけら落とし公演の作曲者を探していました。

相談を受けたフランス人エジプト学者のオーギュスト・マリエット＝ベイ（1821-1881）は、グノー、ワーグナー、ヴェルディの名前を挙げ、パシャはヴェルディへの依頼を決めます。

しかし、1869年11月のこけら落としには間に合わず、ヴェルディのオペラ『リゴレット』（1851年頃作曲）を上演。その指揮はヴェルディの弟子、エマヌエーレ・ムツィオ（1821–1890）が務めました。

エジプトからの依頼は、パリ・オペラ座の台本作家カミーユ・デュ・ロクルを通して耳に入っていましたが、ヴェルディは当初難色を示していました。1870年６月、エジプトが舞台の原案が気に入り、報酬15万フラン（前作のオペラ『ドン・カルロ』の３倍）などの破格の条件が受け入れられたことで引き受けます。

左：原案作者 オーギュスト・マリエット＝ベイ(1861年ごろ撮影)
右：台本作者 アントーニオ・ギスランツォーニ
出典：Wikimedia Commons

原案は、マリエット＝ベイが書いたフィクション「メンフィスの神殿」。古代エジプトのファラオ、ラムセス３世（統治期間：紀元前1186年頃-1155年頃）の時代を書いたものと考えられています。

この原案をデュ・ロクルが受け取って、フランス語台本を作成。さらにヴェルディが、イタリアの台本作家アントーニオ・ギスランツォーニ（1824-1893）に依頼し、オペラ『アイーダ』のイタリア語台本を仕上げました。

７-２.アイーダ・トランペット

アイーダ・トランペット
Kosboot, CC BY-SA 4.0
出典：Wikimedia Commons

ヴェルディはオペラ『アイーダ』の作曲を引き受けたものの、エジプトに関する知識がないことに気付き、猛調査しました。専門家に問い合わせたり、博物館に通いつめたり、試行錯誤の末に作り出したものの一つが「アイーダ・トランペット」でした。

アイーダ・トランペットは、「凱旋行進曲」で別動隊（バンダ）が演奏する長いトランペットです。変イ調管３本とロ調管３本の計６本。古代エジプトの壁画に描かれた、直管型の管楽器にヒントを得たものと言われています。１メートルを超えるトランペットが並ぶ様は威容を誇り、オペラ『アイーダ』の見ものの一つとなっています。

ニコラウス・アーノンクール指揮、ウィーン・フィルハーモニー交響楽団、アルノルト・シェーンベルク合唱団、2001年収録

こちらの参考音源では、ヴェルディ自身のデザインによるアイーダ・トランペットを忠実に復元したもので「凱旋行進曲」を聴くことができます。

1922年、イギリス人エジプト学者ハワード・カーターによって、ツタンカーメン王の墓から銀製と青銅製のラッパが発見されました。それと比べるとアイーダ・トランペットは、考古学的には古代エジプトの楽器とは似ても似つかぬものと言われています。

ツタンカーメン王の墓から発見された銀製のラッパ
Suaudeau, CC BY-SA 4.0
出典：Wikimedia Commons

● イギリス BBCラジオ4ゴーストミュージック ●
https://www.bbc.co.uk/programmes/b010dp0s

1939 年にはイギリス BBC 放送によって、このラッパが生放送で演奏されました。上記のサイトで、実際に発見された古代エジプトのラッパの音色を聴くことができます。

７-３.普仏戦争、オペラ『アイーダ』初演延期

1870年のパリ包囲戦
エルネスト・メソニエ画（1884年）
出典：Wikimedia Commons

オペラ『アイーダ』の当初の初演予定は1871年１月。しかし、実際の初演は大幅に遅れて、1871年12月24日でした。

作曲依頼を受けてすぐの1870年７月19日、フランスとプロイセン（現ドイツ）の間で「普仏戦争」が勃発します。プロイセン軍がパリを包囲したため、エジプト交渉役のマリエット＝ベイは身動きが取れなくなり、パリで制作していた舞台装置や衣装も運び出せなくなってしまいました。

この戦争が1871年５月10日に終結すると、エジプト側は大慌てで準備を進めました。カイロでのオペラ『アイーダ』初演は大成功！出席しなかったヴェルディのために、パシャはオペラ成功の電報を送りました。

オペラ『アイーダ』の初演を危うくさせた普仏戦争は、イタリアに統一の機会をもたらしました。小国の集まりだったイタリアは1861年に統一し、イタリア王国が誕生していました。ただ、フランスの支援を受けたローマ教皇領など、一部地域は残されたままでした。

1870年に普仏戦争が始まると、全軍投入のためフランス軍はローマから引き上げます。イタリア王国軍は、この機にローマを占領。ついに1871年７月、イタリアの統一が達成されました。

７-４.愛人と妻

左：アイーダ1872年パルマ公演時のテレーザ・シュトルツ
右：ジュゼッピーナ・ストレッポーニの肖像
出典：Wikimedia Commons

ヴェルディはオペラ『アイーダ』の主役に、愛人テレーザ・シュトルツ（1834–1902）のイメージを持っていました。シュトルツはドラマティックな役柄を得意としたソプラノで、オペラ『アイーダ』以降もヴェルディ作品の主要な歌い手として登場します。

一方、妻のジュゼッピーナ・ストレッポーニ（1815-1897）も、かつて一世を風靡したプリマドンナ。生活のために舞台に立ち続け、雇い主や同僚と浮名を流して妊娠を繰り返すなど、過酷な生活がたたって早くに現役を引退しました。ヴェルディを深く愛していたジュゼッピーナは、愛人の存在に傷つきながらも、夫を支え、シュトルツとも良好に付き合いました。

アイーダにシュトルツをイメージしていたならば、ヴェルディは、アムネリスにはジュゼッピーナの姿を重ねていたのでしょうか。嫉妬に狂うアムネリスの姿は、格好悪くはあっても人間的で共感を覚えます。

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