ポール・オースター『偶然の音楽』×クープラン『神秘の障壁』 小説を彩るクラシック#12

フランソワ・クープラン『神秘の障壁』


ただただ石を積み上げていく作業は過酷を極め、ナッシュは無益な労働に対して「嘆きの壁」とつぶやきます。
アメリカ全土を新車のサーブで自由きままに走っていたナッシュはこの場所で重力に囚われました。

現実から離れるはずが、目の前に現実の障壁が立ちふさがるという状況に置かれてしまったのです。
ナッシュとポッツィは、この過酷な壁づくりの中で友情を育んでいきますが、借金返済分の金額が貯まり、労働から解放される日が近づいてきたある日、事件が起きて、ポッツィは壁づくりから退場します。

ナッシュは1人で壁を作り続け、ある日、現場監督のマークスに「何も本物じゃなくていいんだ。電子キーボードでいい」と、ピアノを要求します。要求はかなって、次の日には、ナッシュが住む宿舎にキーボードが届きました。

そこでナッシュが弾いたのは、『アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳』、『平均律クラヴィーア曲集』、そして『神秘の障壁』でした。

曲は確実に動いていって、決して訪れぬ解決に向かって進んでいく

ナッシュはこのはじまっては止まり、はじまっては止まる『神秘の障壁』を人生に見立てている気がします。

クリスマスの晩、監督のマークスは、今日ぐらい外で飲んでもよかろう、とナッシュを近所のパブに連れて行きました。

そこでナッシュは、マークスの息子フロイドに誘われ、賭けビリヤードをして勝利します。ナッシュは賭け金の受け取りを拒否し、その代わり、少しだけでいいから、借金のカタに取られた赤のサーブを運転させてほしい、と頼みます。

パブからの帰り道、ナッシュはサーブに乗り込み、ラジオをクラシックチャンネルに合わせます。
ラジオからは今まで何度も耳にしている聴き慣れた弦楽四重奏が流れてきました。

けれど、ナッシュは作曲者の名前がどうしても思い出せません。ハイドンだろうか? モーツァルトだろうか?

モーツァルトかな、という気になったのもつかのま、すぐ次の瞬間には、いやいやこれはハイドンだろうと思ってしまう。ひょっとしてモーツァルトがハイドンに捧げた四重奏曲のどれかだろうか。あるいはその逆かもしれない。そのうちに、二人の作曲家の音楽が触れあっているような気がして、それからあとはもう、二人を区別するのは不可能だった。とはいえ、ハイドンは天寿を全うし、数々の作曲依頼、宮廷音楽家の地位、その他当時の世界で望みうるあらゆる栄誉と恩恵を受けた。一方モーツァルトは極貧のうちに若死にし、死体は共同の墓穴に投げ込まれた。

クラシック音楽に詳しいナッシュが、「今まで何度も聴いたことのある」曲がわからない──、この場面で作者はいったい何を伝えようとしているのでしょう?

物語の前半、サーブに乗りながら聴いていたクラシック音楽は現実を超える自由の象徴として描かれていました。壁づくりの場面では、現実の障壁として。そして、再びサーブに戻った彼は、もう音楽が「わからなくなって」います。

そしてハイドンの人生とモーツァルトの人生を対比させ、数奇な運命を示します。

人生はポーカーのように偶然によって動いているのか?それとも運命と呼ぶべき何かが働いているのか?

ポール・オースターは運命に弄ばれる2人の男の不可思議な体験を通して、人生という永遠に解き明かせない謎を問いかけているようです。


参考文献
ポール・オースター(1998年)『偶然の音楽』柴田元幸訳 新潮社


小説を彩るクラシック


1982年、福島県生まれ。音楽、文学ライター。 十代から音楽活動を始め、クラシック、ジャズ、ロックを愛聴する。 杉並区在住。東京ヤクルトスワローズが好き。

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