プレビュー:新国立劇場オペラ『ナターシャ』8月11日(日)、13日(水)、15日(金)、17日(日) 新国立劇場オペラパレス

台本が多和田葉子、作曲が細川俊夫による
世界初演の多言語オペラ
新国立劇場の大野和士芸術監督による日本人作曲への委嘱作品シリーズの第3弾として、『ナターシャ』が8月に世界初演されます。全一幕で、日本語、ドイツ語、ウクライナ語ほかによる多言語上演です。
環境破壊、多言語=多文化をテーマに、大野和士芸術監督と、ドイツ語と日本語で創作活動を続け今回オペラ台本初挑戦となる作家の多和田葉子、自身8作目のオペラとなる作曲家の細川俊夫との共働で、新国立劇場から世界へ発信する新しいオペラが誕生しました。

左より大野和士、多和田葉子、細川俊夫 ©堀田力丸
コロナ禍を経て何年もの間、大野、多和田、細川で意見交換し温められてきた『ナターシャ』がいよいよ上演されるのです。
5月に行われた多和田と細川が登壇した記者懇談会、それとトークイベント「新作オペラ『ナターシャ』創作の現場から〜台本:多和田葉子に聞く〜」で語られた内容をもとに作品の紹介をします。

記者懇談会での細川、多和田 ©堀田力丸
物語のあらすじ
序章と7場で構成されています。
故郷を追われ彷徨っているナターシャ、彼女はウクライナの戦禍を逃れドイツへ来たと思われウクライナ語を話します。アラトは日本人で自然災害により親を失い放浪しています。ただしこの二人の背景は明確には明かされません。この出自の曖昧さが逆に場所を特定することなくだれにでも起こりうる普遍性を意識させます。
言葉の通じない二人の前にメフィストの孫と名乗る謎の人物が現れます。このメフィストの孫に誘われてナターシャとアラトはいくつもの「地獄」をめぐる旅が始まります。
めぐる地獄は全部で7つ、ダンテの『神曲』のような冥界とは異なり、今まさに存在する現代社会のさまざまな様相に直面していきます。
地獄の種類は、森林地獄(森林破壊)、快楽地獄(消費欲と海のプラスチック汚染)、洪水地獄(異常気象による大雨)、ビジネス地獄(金儲け主義)、沼地獄(アジテーションの泥沼)、炎上地獄(山林火災)、旱魃地獄(砂漠化)という壊滅的、危機的状況に陥っている地球を二人は目の当たりにしていきます。
地獄めぐりを経たナターシャとアラトは、性や言語を超えたもっと包括的な結びつきを得ることになります。はじめは言葉が通じず意思疎通のできなかった二人は、互いの存在の理解、つながりをもたらす「コミュニケーション」を獲得できるのです。
そして最終的にこの地球、そこに生きる多様な人間は再生への希望を見出すことができる、というメッセージを観客は見出すことができるのです
音楽の特徴

トークイベント、新作オペラ「『ナターシャ』創作の現場から~台本:多和田葉子に聞く~」より、右は司会の松永美穂氏
能の「橋がかり」(本舞台と鏡の間をつなぐ、橋のような部分のこと。「幽界」と「現世」をつなぐ通路、というようにさまざまに見立てて使用される)のような「音のトンネル」を、細川は舞台に出現させます。この「音のトンネル」を通ってナターシャとアラトは地獄めぐりをすることになります。電子音を用いた音響設計で舞台に一つのトンネルが現れます。観客は全方向からの音に包まれ、ナターシャとアラトとともに地獄の内側へと導かれていくような体験ができるそうです。劇場にいる一人ひとりが物語の当事者であることを意識し、ぐいぐいと物語に没入していくのです。
また、今回細川は初めて調性を用いて作曲しました。これはかなり画期的なことで、物語の終盤、無調ではなく調和的になっており、ナターシャとアラトが深く結びついていることがわかるのだそうです。
もう一つ特徴的なのは、重唱です。多和田はオペラの重唱で、決して一つに溶けあうことがない複数の声の重なりに魅了され、この不調和の美から立体的な新たな表現の可能性を発見したのだそうです。一瞬、ささやき声を含め36もの言語が響く瞬間があるそうです。
それぞれの地獄では、特徴的な美しいアリアやミニマルミュージックなどさまざまな音楽が付けられています。
オーケストラは変則的な編成になることがあり、バンダがあります。またエレキギターも入り、電子音響も使用されます。
新作にチャレンジする歌手
ナターシャにはソプラノのイルゼ・エーレンス(2018年細川のオペラ『松風』にてタイトルロールで新国立劇場に登場しています)、アラトには新国立劇場初登場のメゾソプラノの山下裕賀、メフィストの孫には新国立劇場初登場のバリトンのクリスティアン・ミードル、そしてポップ歌手Aにソプラノの森谷真里、ポップ歌手Bにソプラノの冨平安希子、中国のビジネスマンにバスのタン・ジュンボが配役されています。
演出は新国立劇場初登場のクリスティアン・レート、彼は舞台美術も担当します。
作品を舞台に出現させるのは彼らです。初演の印象はとても大切、彼らに期待しましょう。

上:左よりナターシャ:イルゼ・エーレンス、アラト:山下裕賀、メフィストの孫:クリスティアン・ミードル
下:左よりポップ歌手A:森谷真理、ポップ歌手B:冨平安希子
同時代の芸術家による共感を呼ぶ新作
大野芸術監督は「異なる言語で始まったけれども、異なる言語によってそれぞれの内面による深い結びつきが呼び覚まされるという意味での多言語であり、最終的に、言語世界を超えるというところに、今回のオペラの面白さがあります」と語っています。
同時代を生きる芸術家が集い、現代の普遍的な問題を扱った思索的な寓話が創作されました。
ゼロから作品を生み出す芸術家のエネルギーと、作品に込められた思いはだれもが圧倒され深い共感を覚えることでしょう。
総合芸術のオペラだからこそ可能な、極上の芸術作品の誕生をぜひ世界で最初に体験しましょう。
新国立劇場 新作オペラ『ナターシャ』創作の現場から〜台本:多和田葉子に聞く〜

新国立劇場オペラ『ナターシャ』
8月11日(月・祝)14:00
13日(水)14:00
15日(金)18:30
17日(日)14:00
会場: 新国立劇場オペラパレス
チケット料金:26,400〜1,650円
詳しくは:新国立劇場
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