三田誠広『いちご同盟』×ラヴェル『亡き王女のためのパヴァーヌ』~小説を彩るクラシック#31

敗北と、後悔と

ある放課後、良一が音楽室にいると徹也が「明日の試合もビデオに撮ってくれ」とやってきました。
バッテリーの充電をしていた良一に徹也は「これってどうやって撮るんだ?」と訊ねます。操作を教えると徹也は、「直美に見せるからピアノを弾け」と言います。
良一はとっさにラヴェルを弾き始めました。
あとから考えると『トロイメライ(シューマン)』や『エリーゼのために(ベートーヴェン)』、『三つのオレンジへの恋(プロコフィエフ)』を弾けばよかったと思うのですが、弾きだしてしまったので途中でやめるわけにいきません。

翌日の試合は完敗でした。相手は強豪校で徹也は最後まで孤軍奮闘するのですが、総合力で上回る相手に歯が立ちませんでした。

後日、二人はテープを持って直美が待つ病室へ行きました。
冒頭に良一が演奏するピアノが映し出され、良一は試合の場面まで早送りしようとしますが、徹也に止められて良一が弾くラヴェルの映像を三人で鑑賞しました。
直美は「すてき」と言い、「これ、なんという曲なの?」と訊ねます。
良一は、とんでもない曲を弾いていたことに思い当たり、やはりシューマンかプロコフィエフを弾いていれば、と後悔します。

亡き王女のためのパヴァーヌは、病院で聴く音楽ではない」

良一は曲のタイトルを直美に答えることができませんでした。
直美の病状は一進一退を繰り返していました。直美に好意を抱き始めていた良一は、ときどき一人でお見舞いに行くようになっていましたが、その日の体調や気分によって直美はふさぎ込んでいたりしました。

ある日、病室で直美に「悩みごと、あるでしょ」と訊かれます。
良一は、直美の鋭い眼差しにとまどいます。自分はいったい何を悩んでいるんだろう?
良一はふいに小学生が自殺した事件について話しはじめます。自殺の事件を詳細に話し、余計なことを話してしまったな、と後悔します。
直美は言います。
「あたしにも病気になる前は自殺する権利があった」
「可能性がある人がうらやましい。自殺のことを考えるなんて、贅沢だわ」
直美の目は潤んでいました。

1982年、福島県生まれ。音楽、文学ライター。 十代から音楽活動を始め、クラシック、ジャズ、ロックを愛聴する。 杉並区在住。東京ヤクルトスワローズが好き。

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