ジョゼフ・モーリス・ラヴェル|Joseph Maurice Ravel 1875-1937

代表作品

『亡き王女のためのパヴァーヌ』|Pavane pour une infante défunte

<ピアノ曲>1899年作曲、1902年初演
<管弦楽曲>1910年編曲、1911年初演

パリ国立高等音楽院の作曲科在学中、24歳目前の頃の作曲。
サル・プレイエルにおいて行われた国民音楽協会第303回コンサートにて、『水の戯れ』とともに、親友の名ピアニスト、リカルド・ビニェスにより初演される。

ラヴェルの応援者であった、サロンの主人、ポリニャック大公妃に献呈されている。ポリニャック大公妃は、アメリカのシンガー・ミシン創業者の娘として生まれ、その莫大な財産を背景にポリニャック大公に嫁いでくるが、パリにおいて発表の機会のない新進作曲家たちに初演の場を与えようと、最も影響力を持つサロンを主催していた。

3度の音(キャラクターノート)を抜き、和音の変化とメロディの移りをずらし、ラヴェルらしい、優雅で美しい音楽になっている。管弦楽編曲では、一度弾くと音が直ちに減衰するピアノと違って、音が減衰しない管弦楽器による演奏で、その効果がより強調され、ラヴェル作品の中でも人気曲となっている。しかし、単調な展開から、ラヴェル自身は形式が貧弱で不完全な作品であると、自身に厳しい批評を下しているが、晩年記憶が危うくなってきた頃に、この曲の演奏を聴いて、「この美しい音楽は誰が作ったのだね」と言ったというエピソードが残されている。

パヴァーヌとは、16~17世紀に宮廷で踊られていた、2拍子のゆったりとした舞踏である。

『水の戯れ』|Jeux d’eau

ピアノ曲。1901年作曲、1902年初演。

ラヴェル26歳の時の作品。ラヴェルのピアノ作品最初の傑作として、ラヴェルの名を高めた作品であり、「親愛なるわが師ガブリエル・フォーレ」に捧げられている。

水の動きを見事な繊細さで表現しており、7度、9度といったテンションノートを多用し、高音部にきらめきが表現された、透明感のある作品となっている。出版時には、いつの時代もそうであるが、当時のフランス音楽界の重鎮であったロマン派作曲家サン・サーンスに不協和音であると酷評された。新しい和音の響きは、当時相当センセーショナルであったと思われる。ソナタ形式のはっきりした構造を持ってはいるが、第1主題と第2主題の関係など、それまでの形を打ち破った部分もある。

当時のパリにおいて、水の表現はラヴェルのみならず、絵画の分野でも重要なモティーフであり、ラヴェルはこれ以外にもいくつか水をモティーフにした作品を書いている。ラヴェルはこの作品を、自身の新しいピアノ書法の出発点と評価している。

コメディ・ミュジカル『スペインの時』|L’heure espagnole

1幕もののオペラ。1907~1909年作曲、1911年初演。

フラン・ノアン(1873~1934年、フランスの詩人)のファルス(笑劇:観客を楽しませる目的の喜劇)を、イタリアのオペラ・ブッファ(大衆喜劇オペラ)仕立てにした50分弱のオペラ。初演はパリのオペラ・コミック座において、ジュール・マスネ(1842~1912)のオペラ『テレーズ』と2本立てで行われた。

このウィットに富んだ軽快な作品は、30歳代中盤、ラヴェルの作曲家としての名声が高まりつつあった時代の作品で、当時のパリで求められていた堅苦しくない愉快な音楽や芝居そのものであった。そして自らの内に感じていたバスク、スペインの血を意識して選ばれた題材で、同時期に『スペイン狂詩曲』(ピアノ版と管弦楽版がある)も作曲されている。ラヴェルのポリシーである、聴く人を楽しませるためのテクニックが詰まった作品である。

内容は、18世紀のスペインの町トレドを舞台にして、時計屋の夫婦に、妻の浮気相手らが絡んで起こす洒落の効いたコメディで、登場人物は5人のみのドタバタ劇だ。最後に5人の合唱で「役に立つ恋人を1人だけ選べ」と歌って、ハバネラの音楽で楽しく締めくくる。

『ダフニスとクロエ』|Daphnis et Chloé

バレエのための管弦楽曲。1909~1912年作曲。
<バレエ完全版管弦楽曲>1912年初演。
<演奏版管弦楽第一組曲>1911年初演。
<演奏版管弦楽第二組曲>初演不明。

バレエ・リュスを率いるロシア人興行師セルゲイ・ディアギレフからの委嘱による、古代ギリシャの物語『ダフニスとクロエ』を題材にした、3部構成によるバレエのための管弦楽。ラヴェルが37歳の時に完成し、シャトレ劇場において初演された。

プロデューサーのディアギレフとしては、依頼してから長い時間が過ぎていたため、初演時にはこの作品に対する興味が覚めていたからとも、またリズムが難しすぎてバレエの振りを合わせるのが難しかったからとも、また合唱を含む大編成でコストがかかり過ぎるからとも言われるが、この作品を気に入らずに契約を破棄しようと考えたという話である。

結局、公演回数を減らして初演を迎えるのだが、合唱が無駄であると考えたディアギレフとの間で争いになったラヴェルは、以後、大きな舞台では合唱付きの版を演奏することを条件に、合唱部分を管楽器の音に置き換えた演奏版を作った。

ラヴェルは、管弦楽曲として演奏するために、バレエ第1部終曲~第2部前半の曲をまとめた第一組曲(夜想曲、間奏曲、戦いの踊り)、第3部の曲をまとめた第二組曲(夜明け、無言劇、全体の踊り)の、2つの組曲を編んでいる。現在よく演奏されるのは、離れ離れになったダフニスとクロエが再開し、幸せなエンディングを迎えるまでを幻想的に美しく華やかに奏でる第二組曲であり、その管弦楽のみの版も充分美しいのだが、バレエ完全版で演奏される機会のある合唱付きの版を聴くと、ラヴェルがなぜ合唱を必要としたかという理由がはっきりと納得できる。人の声はやはり楽器に置き換えられないのだ。

ラヴェルの管弦楽作品の中で最も美しい作品であり、オーケストラのそれぞれの楽器の音色が生かされた色彩豊かな音楽である。オーケストレーションの天才、音の魔術師の作った傑作を、ぜひ一度は合唱付きで聴いて欲しい。

『ボレロ』|Boléro

<バレエ版管弦楽曲>1928年作曲、1928年初演。
<演奏会版管弦楽曲>1928年作曲、1929年初演。

アメリカ、カナダ演奏旅行からフランスに戻った後、53歳の時、バレエ団を主催するイダ・ルビンシュタインからのバレエ音楽作曲の依頼がきっかけで作曲。彼女に献呈されている。初演は1928年11月22日、パリ・オペラ座において行われた。

ボレロとは、スペインの4分の3拍子の舞踊である。

冒頭の2小節で小太鼓のリズムパターンが示される。それにヴィオラ、チェロのピツィカートで和音のベースパターン(CGGCGG)が合わせられ、それをひたすら繰り返していく。そして、それに2パターンの、7音階によるメロディ主題Aと半音階的メロディ主題Bが重ねられ、これも同じパターンがひたすら繰り返され、ラスト手前の意表を突いたト長調への転調部分以外はずっと変わらずハ長調で進んでいく。つまり主題を展開させたりすることなく、同じリズムとメロディのパターンがずっと続いていくのである。

音楽が進むにつれ変わるのは、合奏される音数(だんだん多くなっていく)とメロディを演奏する楽器(バトンタッチするようにメロディ担当楽器が変わっていく)、メロディにまつわりつくオーケストレーションアレンジ(だんだん厚みを増していく)のみで、テンポは一定のまま、エンディングに向けて15分の間少しずつクレッシェンドし続けるという、それまでの管弦楽作品の常識を覆す問題作であった。

ラヴェル自身も問題作であることはよくわかっていて、あちこちのオーケストラで問題視されるだろうと予想していたにもかかわらず、あっという間に世界中で演奏される大人気作品となったのである。

1960年代にアメリカで、最小限の音の動きによる短くパターン化された音型を反復させる、ミニマル・ミュージックと呼ばれる現代音楽が生まれるが、その走りのようなものを感じさせる新しい音楽である。

こんなエピソードがある。初演を聴いたご婦人が、「この音楽は異常だわ」と言ったのを聞きつけたラヴェルは、それに対して「そのご婦人はこの音楽をよく理解なさっている」と言ったそうである。

『ピアノ協奏曲ト長調』|Le Concerto en sol majeur

1929~1931年作曲、1932年初演。

20世紀前半のフランスを代表するピアニスト、マルグリット・ロン(1874~1966、若手音楽家の登竜門であるロン・ティボー国際コンクールの創始者、亡くなった後の葬列ではラヴェルの『ダフニスとクロエ』が演奏された)に献呈されており、初演は彼女のピアノ、ラヴェルの指揮でラムルー管弦楽団により行われた。

この作品に先んじて、同時並行して作曲されていた『左手のための協奏曲』が完成するが、そちらが重厚な音楽なのに対し、このト長調のピアノ協奏曲は都会の華やかさがある。ジャズの要素が直接組み込まれた部分もあり、色彩豊かな音楽である。

ラヴェル自身がモーツァルトとサン・サーンスの精神に則って作曲したと言っている通り、従来の古典的な3楽章の形式を持つ協奏曲であるが、和声的には現代的で、華やかで優雅なラヴェルらしい音楽である。

<第1楽章(アレグラメンテ)>
ト長調。2分の2拍子。ソナタ形式。鞭をたたくような一音に導かれて、ラヴェルお得意のピアノのグリッサンドも特徴的な、軽快な第1主題が始まる。それに続くゆったりした第2主題では、途中の管楽器の奏法やブルーススケールの使用にガーシュインを思わせる音楽が印象深い。大きなテンポの変化が見られ、内面的な部分も語られるが、全体として華やかな軽やかな楽章である。

<第2楽章(アダージョ・アッサイ)>
ホ長調。4分の3拍子。最初からゆったりとした優雅なピアノ独奏が長く続き、主題を提示し、それに重なるようにフルート、オーボエ、クラリネットが繊細で美しい旋律を奏でる。後ろでは柔らかく優雅な弦楽の和音が流れており、その後ラフマニノフを思わせるようなピアノの動きに続き、コールアングレ(イングリッシュホルン)が最初の旋律を再現する。最後は長いピアノのトリルで静かなきらめきを残して終わる。

<第3楽章(プレスト)>
ト長調。4分の2拍子。開始すぐにプロコフィエフのピアノ協奏曲を思わせるような力強く活発なピアノが聞かれ、そのテンポそのままにピアノの華やかな動的な技巧的演奏が続けられ、エネルギッシュさを保ったまま、あっという間に華やかに締めくくられる。


参考文献

【書籍】
アービー・オレンシュタイン(2006年)『ラヴェル 生涯と作品』(井上さつき訳)音楽之友社
井上さつき(2019年)『作曲家◎人と作品 ラヴェル』音楽之友社

【インターネット情報】
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(2021年8月31日)「モーリス・ラヴェル」(参照日:2021年9月10日)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(2021年3月12日)「ローマ賞」(参照日:2021年9月10日)


執筆者

上枝直樹 うええだ なおき
早稲田大学第一文学部在学中より、中川賢二氏にジャズ理論・作編曲を師事。放送用、商業用BGM作品を展開する他、ハーモニカ奏者としてNHKドラマ『新花へんろ』のサウンドトラックにも参加。また、大谷政司氏に声楽を師事。複数の在京合唱団で指揮、指導、編曲を行うなど幅広い音楽活動を展開。過去に作曲したBGM作品はYouTubeでも公開されている。
NPO法人「音楽で日本の笑顔を」にて、音楽を通じた地域コミュニティ作りを醸成する指導員として従事している。


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